記憶に格納する知識、外部参照する知識(その2)

脱ゆとり路線を維持しつつ、主体的、対話的で深い学びを実現し、思考力・判断力・表現力とともに主体性・多様性・協働性を獲得させるという課題に、これ以上授業時間を増やす余地がないという状況下で挑むには、「何をどこで学ばせるのか」を戦略的に判断する必要があります。

  1. 無駄を省く(伝達などの効率を高める/重なりをうまく利用する)
  2. 生徒が個々に取り組めることは授業の外に持ち出す(家庭学習)
  3. これまで課していたタスクの要否を改めて考える(取捨選択)

といった対策を組み合わせることになりますが、3. を実現するカギのひとつが、「記憶に格納する知識と外部参照する知識の線引き」です。

2016/05/16 に公開した記事を再アップデートしました。

❏ 外部の知識を参照する力、情報を素早く集約する力

記憶に格納する分だけで、すべての課題の解決に必要な知識や理解をカバーするという発想そのものに無理と矛盾があります。
課題解決のプロセスの中で、その場の必要に応じて外部のソースを参照して情報を集めて知に編むというスタンスで臨み、その中で記銘の機会を積み上げ、記憶に収めたものを徐々に増やすというのが合理的です。
別稿「令和7(2025)年度の大学入学共通テスト」で書いた通り、新しい学力観の下では、「各教科固有の学習内容のうち最小限押さえておくべき知識・理解」に加え、21世紀型能力の定義による基礎力(言語、数量、情報の各スキル)を駆使して物事を理解する力が求められます。
大学入学共通テストも試行問題から一貫して、細かな知識の有無より、

  • 設問文や資料/本文を素早く読んで情報を集約する力
  • 正解を導く上でどの情報を参照すべきか判断する力

などを試すことに比重を置いた設問が見られるようになっています。
導いた結論が何かよりも、どうやってその結論を導くかに焦点を当てた問いも、思考力や判断力を試そうとの意図の中で、頻繁に見かけます。
資料集など様々なソースに当たらせ、眼前の問いに答えを導くのに必要な情報は何かを判断させる練習の必要性は、確実に高まっています。
普段の授業の中でも、資料を読ませたり、必要なデータを探させたり、参照型教材を徹底して使い倒すことを生徒に求めたりすることが、生きる力の涵養に加え、大学受験への対応にも繋がりそうです。

❏ 知識と情報を組み合わせて作り出す新たな「知識」

知識には、記憶に格納するもの、外部を参照するものという2つのタイプがありますが、これに加え、課題解決に必要な道具(知識や理解)の拡張を図るには、「その場で導き出す」というアプローチもあります。
記憶の中に格納しておいた知識と外部参照で入手した知識が思考の中で組み合わさって新たに生成される理解や発想もまた、仮説として検証されれば、それは新たに得られた「知識」ということになります。
知識という言葉を当てるのに違和感もあろうかと思いますが、現在、定理や法則として知られているものも、元をただせば、こうしたプロセスを経て得られたものではないでしょうか。
急激に社会が変化する中で、新たな知を生成する方法を学ぶ必要があるからこそ、新課程では探究的な学びの場の拡充が図られたのだと考えるべきです。
現象を観察して法則を見つけ、それを仮説として検証するという「探究のプロセス」を身につける場はプログラム化された探究活動だけに限られません。各教科の日々の学びに組み込まれた課題解決型学習もまた、その大切な機会です。

❏ 知識は記憶に格納するものという固定観念から離れる

新課程の下での学習指導では、以下の3つの区別をしっかり意識することが、以前にも増して重要だと思います。

  1. 記憶に格納する知識
  2. 外部を参照して利用する知識
  3. 思考を通じて導き出す知識

授業をデザインするときには、それぞれに応じた適切な扱いを考えていくようにしましょう。
新たに生み出される知は膨大で、とても覚えきれるものではありませんし、前述の通り、情報を集めて新たな知に編む方法も生徒に獲得させていく必要があるからです。
繰り返しで恐縮ですが、必要な知識は「すべて教えて、覚えさせる」という考え方は、生徒にも先生にも過剰な負担を与えるだけでなく、問題発見、問題解決の力を高める上で障害になりかねません。
そもそも、先生方が教えられる(=知識として与え得る)のは、すでに知られた事実や解内在型の問題への解法だけ。これからの世代が向き合うことになる新たな問題への解はそこに含まれません。
生徒に挑ませるには高いハードルに思えるかもしれませんが、やらせてみれば、案外できるものです。くれぐれも、できることはどんどんやらせる~生徒の邪魔をしないようにしたいものです。

❏ ICTの活用力を含めた総合的なコンピテンシー

高大接続改革の一環でCBTの検討も盛んになされました。その後の状況の変化(教育のデジタル化など)もあって、紙と鉛筆を使う試験はそう遠くない未来には、主流ではなくなっているかもしれません。
その先に想像されるのは、テストの最中にPC/タブレットを使って、データの収集や統計処理を行ったり、グラフを描きながら解法を考えたりする場面です。
現在でも、アイデアを考え、企画をまとめるのにパソコンを使うのは教室でも「当たり前」に近いかと。ICT機器がこれだけ身近なものになったのに、テストの時だけ使用禁止というのは却って不自然です。

様々なガジェットを用いて先端技術を活用したときに発揮できる能力の総体こそが、入試などの選抜に際して測るべき「その人の能力」と考えるのも将来的には一般的になってくるかもしれません。

❏ カリキュラム・マネジメントの実現に向けて

ひとことで「知識」と括っても、格納場所(記憶の中、外部のソース)や活用方法において様々なタイプがあります。
教え込んだり、覚えさせたりすれば良いものばかりではないことは、既にご理解いただけたものと思います。
各教科/科目を学ばせるときには、知識の獲得、情報の収集、それらの活用、処理や加工といった場面の切り分けをしっかり行い、バランスよく扱わないと、学びのあり方を歪めてしまうリスクがあります。
タイトルにある通り、「記憶に格納する知識」と「外部参照する知識」の区別をつけることは、その第一歩。覚えさせることと獲得の手段に習熟させることの双方にバランスよく注力するのが肝要と考えます。
以下の拙稿も併せてお読みいただければ光栄です。

  1. 教室でしかできない学びを充実~問いを軸に授業を設計
  2. 知識の獲得は個人の活動を通じて
  3. 知識をどこまで拡張するかは個々のニーズに合わせて
  4. 2020年対応型の”予・復習と授業のサイクル”
  5. 新しい学びの中で「覚える力」が持つ意義

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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