クラス内で生じた学力・学欲差への対処法(その1)

クラス内に生じた学力差を、クラスを分割することで小さく抑えようというのが、習熟度別クラスを導入するときの発想ですが、生徒の理解度に合わせた指導が行いやすいかと思いきや、分割後のクラス内で再拡大する学力差や、下位クラスの学習意欲や自己肯定観の低下といった別の問題を抱え込みます。
こうした問題を踏まえてなお、習熟度別、あるいはほかの視点でクラスを分割する方が、生徒が積み上げる学習の総量が本当に大きくなるのか冷静になって判断する必要があります。

2014/11/06 公開の記事を再アップデートしました。

❏ 分割した後のクラスで起きる、学力・学欲の再拡大

習熟度別にクラスを分けた場合、以下のような問題が生じるのは先生方もご経験されているのではないでしょうか。

  • 下位クラスを構成する生徒が学習意欲や自己肯定観を低下させる。
  • せっかく分けたクラスの中で学力・学欲の差が再び拡大していく。

こうした弊害を抑制するには、クラスの入れ替えを定期的に行う必要がありますが、クラス間で進度に差をつけていては、入れ替えも容易ではありません。
入れ替えの基準には、公平性や透明性が必要なため、大抵の場合はテストで測定できる「結果学力」を用いますが、学習意欲の向上と学習方策の獲得で力が伸び始めている生徒と、過去の貯金で点数をキープしているだけの生徒との線引きを間違える可能性があります。

❏ 集団を固定しないこと&進度差はつけないこと

入れ替えありの習熟度別クラス編成を採る場合、単元進行のカレンダーはあくまでもすべてのクラスで同一にして進度差は設けないでおくのが運用上の鉄則です。
上位クラスでは、先に進むのではなく、単元に止まってより深い学習に取り組ませるようにしましょう。
単元が一致する難関大学の入試過去問など、解にたどり着くまでの工程が長く複雑な問題を授業内の課題に採り入れるのであれば、下位/標準クラスの授業計画をベースに「プラスα」を加えるだけです。
別稿でご紹介した「拡張型調べ学習」なども好適かと思います。
また、様々な解法/正解があり得る問題を用いて、生徒それぞれが作った答案を比較させたり、解法の優劣を議論させたりする場を設ければ、思考はより深まり、発想の拡充を図ることもできると思います。
なお、周辺知識の拡充に際しては、上位生だからより広範にと単純に考えるより、「知識をどこまで拡張するかは個々のニーズに合わせて」という姿勢で臨むのが好適かと存じます。

❏ 成績が振るわない生徒にこそ課題解決型学習

一方、下位クラスでは、単元をこなして最小限の知識を定着させるという方針がとられることが多いようですが、丁寧に教えきって確実に覚え込ませるだけでは、学習方策の獲得は進まず、「習ったことを覚えることが勉強」という誤った学習観を育ててしまいます。
成績の如何にかかわらず、

  • 習ったことを使った課題解決体験が達成感(意欲の原資)を与える
  • 生徒はアウトプットを通じてしかインプットの不備に気づかない

というメカニズムは不変です。
本時の主眼や学習目標を反映した「ターゲットとなる課題」をきちんと用意し、仮の答えを作らせることで、疑問や不明の所在に気づかせることは、たとえ成績下位のクラスにおいても、「その単元を学ぶことへの自分の理由」を作らせる上で欠かせません。
また、課題解決を通して学習方策を獲得させなければ、いつまでたっても教えてもらったことを覚えるところから先に進めません。教え合い・学び合いで知識を補わせながら、学ぶ力そのものを育んでいくことに注力しましょう。(cf. 基礎力不足の生徒にどう学ばせるか

❏ ある程度の学力差は、学習成果の総量を増やす

下のグラフは、授業評価アンケートのデータで作成したものです。

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横軸には、生徒にその科目が得意か苦手かを尋ねる質問(どちらでもないをゼロとして、得意は+10点、苦手が-10点)でのクラス内での標準偏差をおきました。標準偏差が大きいということは、得意な生徒と苦手な生徒が両極端に分布しているということです。
縦軸に配したのは、授業を通じた学力の向上や自分の進歩についての自己認識を尋ねた質問への回答を換算した得点です。9割の生徒が肯定的に答えると換算得点は概ね75点になります。
グラフを見ての通り、平均値で最も高くなったのは、意識姿勢における標準偏差が3以上4未満になったクラスです。4以上、5以上と意識の差が開いていっても、その低下はわずかです。
ちなみに、進み方についての感じ方でも似たような結果が出ています。

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同じ授業を受けながら、早すぎると感じる生徒と遅すぎると感じる生徒とが大きく分かれる(=横軸方向での値が大きい)ということは、クラス内で既習事項の習熟度や理解力、処理スピードに小さからぬ差が生じていると考えられます。
こちらのグラフでも、学習効果で85点を超える最も高いスコアをはじき出しているのは、「ある程度までクラス内での学力差があるケース」であることが分かります。

❏ 均質な集団では、交換する発想や知識に乏しい

いずれのグラフでも、「集団内の生徒を均質化しても、全体での学習総量は期待ほど高まらない」ということが示唆されます。
ある程度の学力差が内在する場合、相対的上位にいる生徒は自己効力感を刺激され、より意欲的に学びに向かうと思われますし、下位の生徒も周囲の知識や発想に触れて「ああ、そうか」と気づきを得る場も増えるのではないでしょうか。
かような相互刺激がクラス内で働くことが、学習者全体での学習総量を大きくすることに貢献しているのだと思われます。
もっと注目したいのは、横軸方向で同じ位置にあっても、縦方向での分布が非常に広い範囲に及んでいるという点です。
クラス内での多少の学力差(あるいは学習を進める力の差)が生じたとしても、指導の方法、授業デザインの工夫によって、学習成果は高まりもすれば下がりもするということだと思います。
その2に続く

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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