現行課程において、知識・理解の着実な形成に加え、基礎力(=言語、数量、情報の各スキル)や、思考力(狭義の問題解決力に限らず、問題発見力、メタ認知・適応的学習力なども含む)などの獲得が、これまで以上に求められているのは、これまでの別稿でも書いてきた通りです。
日々の教室での「学ばせ方」にも、こうした「新しい学力観」に沿うことが求められ、その方向で授業改善も進んでいるはずです。さらに歩を進める前に一度立ち止まり、正しい方向に進んでいるか、自己点検(+教科内/校内での相互点検)をしてみるのはどうでしょうか。
より良い授業の実現を目指して積み重ねてきた様々な工夫(例えば、プリントを作り、授業の流れを整えたり、効率的な伝達を狙うことなど)も、やり方によっては、新しい学力観が求める「生徒が獲得すべき能力や資質」の涵養に「想定外のブレーキ」をかけていることもあります。
❏ 単元内容の確実な理解だけを狙っていても…
以前の学力観では、各単元の学習内容(扱う事項)を理解させ、必要な知識を蓄えさせていくのが「指導が目的とするところ」の中心でした。
しかし、解法が未確立の(=習って覚えるだけでは対処できない)問題に向き合う必要が膨らむ中、未来を担う生徒に求められるのは「学んだことの先に、新たな知を創り上げる方法と姿勢を獲得すること」。科目固有の知識・理解の蓄積以上に、学ぶ力・考える力が重視されます。
授業デザインも、「単元内容を理解することを手段に、能力・資質(読んで理解する力、問題を見つけ、解法を考え出す力、自分の学習プロセスを見直して改善する姿勢など)の獲得という目的を達成する」という捉え方(=学力観)に基づいて行う必要があります。
もし、「学びやすさ」(=情報がわかりやすく整理され、覚えるのにも負担小)を優先するあまり、生徒が自力で文章や資料を読んで、必要な情報を集めたり、試行錯誤しながら問題へのアプローチを探ったりする場面が不足すると、獲得できる能力・資質に偏りや欠落が生じます。
(もちろん、効率的な伝達のスキルは不可欠。別稿の通り、伝達が不十分では、課題解決や対話協働などの学習活動の土台が整いません。)
生徒の学力観は、授業を受ける中で作られていきます。教わって覚えるだけの繰り返しでは、学習を通じて目指すところを正しく捉えられなくなり、望ましい学びの方向から外れるリスクを抱えることになります。
生徒が備えている学力観は、入学前の学習履歴の影響も色濃く受けています。万が一、「勉強とは、教わったことを覚えること」との誤解があるようなら、日々の正しい学びで上書き(修正)していきましょう。
そのための足掛かりとして、次節のチェックリストを作ってみました。ご活用いただければ光栄に存じます。
❏ 日々の授業を振り返るときの観点と規準
現行課程が求める「新しい学力観に沿った学ばせ方」を実現するにも、生徒の学力観を更新するにも、日々の実践の振り返りは重要です。
記事の冒頭でも書きましたが、時に立ち止まりながら振り返る「規準」をしっかりと持つようにしたいところです。(カッコ内は関連記事)
- 教科書や資料を読ませ、情報を集め、知に編む練習を積ませている。(教科書をきちんと読ませる、非言語情報を言語化する力)
- 獲得した知識・理解には生きて働く場を与えている。(課題解決を伴わない知識獲得は、答えを仕上げる中で学びは深まる)
- 覚えさせるだけでなく、理解したことの上に問いを立てさせている。(生徒に問いを立てさせる、質問を引き出す)
- 理解確認は、生徒に思考させ、その結果を言語化させて行っている。(対話で行う理解確認、既習内容の確認は、問い掛けで)
- 課題に挑ませたら、振り返りで進捗と改善課題を捉えさせている。(振り返りはプロセスを分解して、進歩を止めさせない自己評価)
- 生徒ができることを増やし、それを授業外のタスクに課している。(予復習に課すタスクで”教室の学び”を最適化、学び方の守破離)
上記の6つについて、以下の基準で「ご自身の現状」を採点してみたとしたら、合計で何点(12点満点)になるでしょうか?
「普段から意識しており、効果的に行えている」(2点)
「頭ではわかっているが、徹底はできていない」(1点)
「あまり意識することもないまま、指導に当たっている」(0点)
各項目における典型的な落とし穴は、以下のようなところかと。
例えば、プリントを用意して、授業をスムーズに進ませようとして、生徒が教科書も開かずに授業を受けているようなら、1. は「×」ですね。
単元内容や問題の解法を理解させたとしても、考査までに覚えさせるだけでは不十分。条件や文脈を変えた(似て非なる)問いを与えて、思考に活用させてみてこそ、2. の充足に近づけます。
学んだことも、そのまま鵜呑みにさせるのではなく、問いを立てさせましょう。物事をより深く理解し、そこに解決すべき問題を見つける練習として、3. は不可欠。情報リテラシーの土台にもなります。
理解を確認する場面で、言語化を生徒間のやり取りで行わせれば、理解の不足も互いに補えます。但し、問い掛けを行っても、すぐに誰かを指名し、他の生徒が思考を止めていたら、4. も満点にはなり得ません。
問いを与えたり、課題に挑ませたりしたときも、振り返りなしには学習の改善は進みません。なぜ解けなかったのか、より良いパフォーマンスに必要なのは何かを考える習慣を築かせてこそ、5. は「〇」です。
予習・復習のタスクも徐々に要求を高め、生徒が自力で取り組めることを増やしてこそ、学習者としての自立を促したことになるはずです。この発想を欠いているようなら、6. の実現にまだ距離がありそうです。
❏ 自己点検の中で、ご自身の学力観を常にアップデート
上記のチェックリストの内容を意識しながら、日々の授業の改善に取り組んだら、数ヵ月後に改めて、自己採点してみるのもおすすめです。
今の時点で2点(満点)を与えた項目でも、先生方ご自身の授業観が磨かれ、規準の理解が深まると、減点が見えてくることもあります。
言うまでもありませんが、自己/相互点検に用いるべき、振り返りの観点と規準は、ここに挙げたものだけではありません。
先生方が互いの実践に学ぶ中で、リストに加えるべきものが見つかることも多々あります。cf. 優良実践の共有をシンプルなグループワークで
先生方それぞれが、「新しい学力観に沿った学ばせ方の実現に大切」だと思うことを言語化し、周囲の先生とシェアするところから、教科内/校内のコンセンサスを作り、チェックリストを更新していきましょう。
その先で、日々の学習指導に視野を閉じず、合教科・科目的な学びのデザイン(カリキュラムマネジメント)や、形成的評価(指導と評価の一体化)まで、議論を拡張できれば、実りはさらに大きくなります。
❏ 説明と実践を重ね、生徒とも「正しい学力観」を共有
生徒は、「授業評価アンケート」に答えるとき、当然のことながら、自らが持っている学力観に照らして回答を選んでいきます。
もし、わかりやすく教えてもらい、言われたとおりに取り組み、覚えるだけで、考査で点数をちゃんと取れる状態が続いていたとしたら…。
授業で「基礎力や思考力を鍛えてもらう機会」がないという、好ましくない状態に何ら問題意識を持たなくなっても、半ば当然でしょう。
学力観が古いままである限り、生徒は「短期的成果をもたらす教わり型の授業」を過大評価しがちで、長期的成長を促す学びを正当に評価することが困難になるということです。
実際、別稿「学習効果への寄与度が通例と外れる/偏りがある場合」で取り上げた、「学びの成果」への寄与度において「わかりやすさ」が相対的に大きいケースの背後には、しばしば如上の問題が潜んでいます。
中高のみならず、専門学校や大学の授業でも、「授業に対する総合的な満足度」との相関が「わかりやすさ」との間で強く、逆に「考えさせる要素の多さ」との相関が弱いケースでは、卒業後の職業生活で「考えながら学び、問題に対処する力」を発揮できるか、懸念を感じます。
他方、自力で読んで理解できた喜び、疑問を問いに具体化してその正体を掴めた実感、学習の改善と自分の成長を感じる瞬間などを積み重ねた生徒は、そうした要素の少ない授業に、物足りなさを感じるものです。
授業評価(アンケート)は、より良い学びの実現に向けた課題形成と、積み上げてきた改善行動の効果測定のために行うものですが、生徒のもつ学力観が古いもののまま更新されていないと、正しいデータを得ることも難しくなってしまうということです。
質問文に込めた意図も、しっかり言葉で伝えるとともに、日々の授業で実践して見せていないと、正しく理解されていないかもしれません。
そうした事態に陥らないためには、まずは先生方が「教える」という古い学力観(指導観)を代表する概念から離れて、「学ばせる」への転換を図った学習活動(教科、探究、体験)を実践するのが鍵です。
如上の自己点検をシェアし、「新しい学力観に沿った学ばせ方」が校内に浸透すると、授業アンケートを用いた、授業改善にむけた課題形成と改善行動の効果測定にも、より高い精度が期待できます。
改めて申し上げるまでもないかと思いますが、新しい(正しい)学力観を生徒と先生方の間で共有することは、学びに正しい方向性を持たせるとともに、授業の評価(加えて学びの振り返り)にも確固たる基準をもたせる効果を持ちえます。
新しい学力観の下での授業デザイン(記事まとめ)
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一
