次期学習指導要領にむけた論点整理を読んで

中央教育審議会の特別部会で「次期学習指導要領の論点整理案」が19日に大筋で了承されました。大きな動きで耳目を集めているのは各学校が授業のコマ数を増減しやすくする新制度「調整授業時数制度」です。
ある教科のコマ数を削って、他教科に上乗せするという運用が想定されており、特色ある探究学習や教員研修の時間にも充てられるとのこと。具体的にどうなるかは、来春から全国(約300校)で実施されるモデル事業で出てくる成果と課題を見守っていきたいと思います。
特別部会で配布された資料「教育課程企画特別部会 論点整理(案)」のトップにある「改訂議論を貫く三つの方向性」は以下の通りです。

① 「主体的・対話的で深い学び」の実装(Excellence)

② 多様性の包摂(Equity)

③ 実現可能性の確保(Feasibility)


この3行だけみると、目指すべき方向がゴロっと変わってしまう(馴染みがあるのは①だけ)かのような印象ですが、実際には、現行課程で積み上げてきた成果をどう整理し、どこに不足が残っているかを問い直すものと捉えるべきでしょう。

❏ 3つの方向性は、現行課程の成果と課題の延長上に

目指すところは「生涯にわたって主体的に学び続け、多様な他者と協働しながら、自らの人生を舵取りすることができる、民主的で持続可能な社会の創り手を『みんな』で育む」ことと明記されており、現行課程の方向性と大きく変わるところはありません。
とりわけ、①の「主体的・対話的で深い学び」の実装については、次期学習指導要領に向けた「第一の方向性とすべきもの」として、一層の具現化・深化を図ることが明確に謳われています。
ちなみに、『みんな』というのは、「学校段階間の連携・接続の深化」による学びの連続性の確保を図るという意図を表現したものです。
冒頭に触れた「調整授業時数制度」は、②多様性の包摂を実現するための方策のひとつ。不登校児童生徒や特定分野に特異な才能のある児童生徒のための特別の教育課程編成を可能とする制度も検討されます。
③実現可能性の確保では、①と②の両立を支えるために盛り込まれた観点で、デジタル学習基盤の更なる充実、教科書や教材、指導書の改善、必要な設備の整備、総合的な勤務環境整備を進めるとしています。ここが滞れば、①と②も巻き込まれるのは必定でしょう。

❏ まずはこれまでの授業改善の成果の可視化と整理から

審議会の議論がどう展開していくか、暫く注視が欠かせませんが、結論が出るまでただ待つのも建設的とは言えません。これまでの延長上に次の道が引かれる部分(①)なら、今からできることも少なくないはず。
現場で頑張る先生方がこれまでに積み上げてきた、授業改善(=「主体的・対話的で深い学び」の実装)に向けた努力は、様々なところで成果/優れた指導手法を得ています。それらを改めて広く共有し、さらなるブラッシュアップに付すことなら、何も待たずにスタートできます。
先生方が個々に重ねてきた工夫も、広く(教科内、学校内、加えて学校間、校種間で)共有されているとは言えない状況ではないでしょうか。

指導の効果をきちんと測定し、効果が確かめられたものを可視化して、しっかりと伝えることが、次期学習指導要領に向けた準備の中で、もっとも重要な部分ではないかと考えます。
これまでの工夫と努力が、十分な成果を結んだケースばかりではないと思います。改善(新しい学力観に沿った学ばせ方への転換)が遅れてしまった先生もおられるはず。そのキャッチアップを支えるのも、優れた実践を見つけ出した先生方の大切なお仕事。そこには管理職の積極的な関与も求められます。

❏ カリキュラムマネジメントと学びの個別化

2つめの方向性として打ち出されている「多様性の包摂」でも、所与の条件下で現場の裁量で対応できるところもあろうかと思います。
もちろん、制度上の枠組み(どこまで調整可能とするか、調整の際のルールをどうするか)は中央教育審議会の諮問に沿って決まっていきますが、その枠の中で、授業をどう設計するかは現場の知恵です。
同じ教材でも、与えた問いによって「どんな生徒が自分事にできるか」は大きく変わりますし、クラス全体の学びの後で、どこまで思考と知識を拡張させるかは、個に応じたどんな要求を出すかで決まります。

逆の言い方をすれば、次期学習指導要領がどれだけ優れた制度上のフレームを作り上げたとしても、その枠内での知恵の使い方が不十分では、生徒一人ひとりの学びは有意義なものにはなり得ないということです。
次期学習指導要領が目指す「一人ひとりの意欲を高め、可能性を開花させる」には、生徒が自分事にできる問い(学び)を用意できるかが鍵。教え方よりも「問いの使い方」に指導技術の重点を移すべきでしょう。

❏ スクラップ&ビルド、知恵の共有、協働

第3の方向として打ち出された「実現可能性の確保」については、国や行政がしっかりと責任をもって、諸条件の整備に取り組み、2030年を待たずにきちんと成果を出すべきもの。この点に異論はないはずです。
そもそも、学習指導要領は本来「手引書」としての位置づけであり、1958年以降、「教育課程の基準」、拘束力があるもののように扱われてきたところにも、今回の審議を機に、見直しの目を向けるべきかと。
とは言え、最終的にどんな決定になるか、どんな設計になるかは見守るしかなく、現場でできる「防衛策」を講じていくことも大切です。
別稿でも書きましたが、日々の教育活動の中で、効果が十分に出ていない(コスパに劣る)ものからは手を引く判断をきちんと行いたいところ。cf. 効果測定とスクラップ&ビルド(教育資源の最適配分)
他方、実現可能性を優先するあまりに、「やるべきこと」をやめてしまうようでは本末転倒。評価を知識・技能に絞って行うという乱暴な議論もありますが、それでは、他の学力要素を効果的に且つ確実に育んでいくことが難しくなるばかりでしょう。
評価が形骸化したり、歪んだモノサシを当てていたりという問題もありますが、全国津々浦々の教育実践の中には、現実的なコストで、十分な成果を上げているケースだってあります。まずはその共有でしょう。
出来ていないケースが目立つからといって、目指したものが実現不能なものだと結論付けるのでは、進歩は遠のくばかりではないでしょうか。



審議会の議論は、教育学や制度設計の専門家によってなされますが、そこで打ち出されたものに、実効を備えた具体的な設計を与え得るのは、如上の専門家ではなく、授業者としての経験と知見を重ねた実践者、現場で頑張る先生方だけ。今こそ、その知恵を共有しましょう。
こうした現場の知恵を支える仕組みの一つとして、AIの教育活用も重要なテーマです。cf. 次期学習指導要領に向けて~教育へのAI利活用

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一