効果測定とスクラップ&ビルド(教育資源の最適配分)

学校教育への様々な要請に応える中で、教室には次々と新しい教育活動が採り入れられてきました。次期学習指導要領への検討も始まりましたが、これからも新たな取り組みは加えられ続けるものと思われます。
既に作り上げてきたものに「足し算」をするだけでは、限りある教育リソースが枯渇するのは火を見るより明らか。以前からのものも、新しく組み込んだものも、その効果のほどをきちんと測定し、効果の小さいもの/費用対効果に劣るものを取り止める「引き算」も必要です。
残すものと取り止めるものの線引きでは、上位目標の達成への寄与度という観点が不可決です。部分最適化を積み上げても全体が最適化される保証はありません。教育活動を通してどこを目指しているのか、各々の指導、教育活動がそれにどう貢献するのか、捉え直していきましょう。

2016/11/02 公開の記事を再アップデートしました。

❏ エビデンスに基づく教育活動の取捨選択

スクラップ&ビルドと言葉にするのは簡単ですが、これまでやってきたことを廃止・縮小するのは大変です。
いずれも、現場の先生方がそれぞれの思いを込めて作り上げてきたものだけに、むげにはできません。どの教育活動を廃止・縮小の対象にするかの判断は、誰もが納得できるだけの合理性を備える必要があります。
生活、学習、進路の各領域における「評価の方法」を確立しないと、議論を進めようにも山勘や経験則といった客観性に欠くものだけを頼む状態になり、誰もが納得できる結論に至れません。勘に頼らず、データに偏り過ぎずに丁寧な議論を重ねられるだけの土壌を作りましょう。
活動評価のルーブリック、新しい学力観に沿ったテストや課題、進路形成の過程を辿るポートフォリオなどは、運用を重ねる中で更新と改善ができているでしょうか。モノサシの精度は指導の成否もわけます。
生徒の進路希望実現を後押ししようと長期休業期間中に設けた講習だって、「実施したら目的達成」ではないはずです。どんな変化を期待するのかを予め熟慮し、終了時にはきちんとその効果を測るべきでしょう。
どのような方法で得たデータを用い、どんな基準で成果を測るのか、提示が「後出し」になっては納得を得られにくいもの。年度当初には目標とするところと、効果測定の方法について合意を得ておきましょう。

❏ 学校全体が目指すものへの「寄与度」も基準の一つ

個々の指導が「一定以上の成果」を収めていたとしても、それが「学校全体で目指す方向」と一致していないようなら、力を入れるべき指導はそことは別のところにあるかもしれません。
学校が掲げている教育目的(育てるべき人物像、獲得を目指す能力・資質など)の達成を測れるデータ(指標)を確保するところが第一歩。

  • 行動の変容として現れる成長を目指しているところでは、行動評価のルーブリックに照らした評価を行います。その記録を辿ることで特定の期間を経た成長の度合いを捉えられます。
  • 生徒の意識や姿勢といった内面的な成長を狙ったところなら、アンケートやインタビューを用いた調査/評価を行うことになります。
  • 当然ながら、思考力(問題発見・解決力など)を中核とする学力であれば、相応の内容と精度を備えたテストなどが不可欠です。

こうした様々な評価を通じて得られた「成長の度合いを示す数字」を目的変数に、生徒が経験した学びの場(=指導機会、教育活動)の有無や取り組みの度合いなどを説明変数として(重)回帰分析を行えば、有意な寄与があったかどうかの判定ができます。
例えば、地域社会との関わりを重視する学校で、そのために作った行事に参加する前と後で、生徒の意識に狙い通りの変化が観測できたら、その行事には「効果」と「全体目標への寄与」の双方が備わっているということになるのではないでしょうか。
個々の教育活動の優先順位や校是実現への寄与度などを知るには、学校評価アンケートも有効に使いたいツールです。以下、ご参照ください。

残すことになる指導についても、効果があることをきちんと示さなければ、校内外の理解者と協力者を増やすことはできません。効果測定は、理解者と賛同者を増やすために行うものとお考え下さい。
ある指導を担当する先生だけが頑張っても、他の先生方の理解と共感を得なければ、他の指導機会からの補完が働かず、相乗効果は期待できませんし、指導を受ける生徒にしても、先生方がスクラムを組む姿を目にしないと、取り組みにも意識の甘さが残りそうです。

❏ 記録をデータに、統計的にきちんと検証

教育活動の「足し算」と「引き算」を効果的に行うには、データをきちんと集めて検証し、エビデンスに基づく判断を示さなければなりませんが、検証に用いるデータは、多くの場合、新たに実験やテストを行って集めなくても様々な形で記録に残っているものです。
模試の成績、進路希望の具体化や変化などは、システムに保存されているのが普通ですし、学習時間調査も(方法は様々でしょうが)全く行っていないのはむしろレアではないでしょうか。あとは統計的に有意性の検定をすれば良いだけという状態も少なくないはずです。
わざわざ統計処理専用のソフトウエアを用意しなくても、エクセルに実装されている分析ツールだけでもある程度までなら用が足りるはず。割とよく使うのは以下のようなところでしょうか。

  • 母平均の差に有意性があるかたしかめる「t検定」
  • 2つの変数の関係を連立方程式のように示す「回帰分析」
  • クロス集計表の有意差を検定する「カイ2乗検定」

これらを使いこなせれば、ある講座を受講したかどうかでその後の模試成績に有意差が生じているかも調べられますし、学習時間延伸策を講じたときの効果も、勘頼みではない形での確認ができます。

❏ 他の記録に照らしてサンプルを分けてみる

分掌、学年、教科といった各組織が重点的に取り組んできた指導について効果を測るにも、その指導を積極的に活用した生徒、利用したが積極性や主体性に欠けた生徒、利用しなかった生徒でデータを分けてみないと検証のしようがありません。
生徒全体を母集団としたときに、明確な変化が現れていなかったとしても、積極的に利用した生徒には効果(前後での違い)が見られるなら、指導そのものは有効であり、利用者を増やすことが改善を進める上での方針となるはずです。
逆に、全体としては変化が見られたとしても、積極的利用群と非利用群とで有意差がなければ、その指導以外の要因が寄与している(=その指導そのものの寄与は限定的)と考えるのが「合理的」でしょう。
教育活動のスクラップ&ビルドに取り組むには、まず作成・保存されているデータの”たな卸し”から手を付けるのが得策です。
起点は「この指導は効果をあげているのか」という単純な問い。これさえ立てれば、狙っている効果に照らして該当するどのデータを記録から掘り出すべきかは、自ずと明らかだと思います。



限りある教育リソースで、多様な要請(学校教育に対する期待)に応えるには、効果測定に基づくスクラップ&ビルドに加えて、学びの重なりを上手に利用することも重要です。様々な教育活動が互いに関係づけられれば、シナジー(相互作用)も期待でき、効率も高まります。
各教科の学習指導、進路指導、学校行事などの体験型学習、課題研究などの探究型学習など、あらゆる教育機会について、共通部分(ベン図の重なり)をいかに効率良く設計するかが状況打破の鍵になるはずです。

働き方改革~校務の見直しと再構造化(記事まとめ)に戻る。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

この記事へのトラックバック

効果測定は、理解者と賛同者を増やすためExcerpt: 以前の記事「 効果測定とスクラップ&ビルド(教育資源の最適配分)」 をお読みいただいた先生から、「効果測定や成果検証の必要性は十分にわかっているが、手間に取られる負担も大きい」 という趣旨のご相談をいただきました。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2016-11-11 07:51:16
評価、効果測定・成果検証Excerpt: 1 効果測定を通じた教育資源の最適配分 2 データを用いて理解者と賛同者を増やす 3 指導方法の効果測定 4 データをいかに利用するか 5 指導と評価の一体化~実行のハードルを下げ、効果を高める 6 新しい学力観に沿った評価方法 7 変化量に着目して行う学習評価
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2017-01-06 06:10:11
組織的授業改善の土台: データを使った効果測定Excerpt: 効果測定を重ねながら、優良実践の抽出と共有を継続的に行っていけばそれぞれの先生方が持っておられた強みの集合体として、共通項を一定以上に含む「本校の授業のありかた」が具体的な姿が徐々に表れてくるのではないでしょうか。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2017-09-21 04:44:59
業務の無駄を省く~現場レベルで可能なコストカットExcerpt: 先生方の多忙はもはや限度を超えており、業務の削減と効率化は先送りできない課題の一つです。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2017-10-20 09:29:11
進路指導計画の体系化とスリム化Excerpt: 進路指導計画に組み込まれた様々な行事は"体験の機会"と"選択の機会"の2つに大別できます。進路講演や大学訪問などが前者の代表、出願指導や履修科目選択が後者の代表です。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2018-01-26 07:53:13
新課程への取組を伝える学校広報Excerpt: 高大接続改革に最初に挑む学年を迎え入れ、新しい学力観に沿った学ばせ方への転換が図られていますが、その次に控えるのは、本丸である新学習指導要領への移行です。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2018-05-17 05:22:33
データをいかに利用するか INDEXExcerpt: 学校には実に様々なデータが蓄積されていますが、集めて貯めるばかりで十分に活用されていないことも少なくありません。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2018-06-06 05:03:45
夏休みの過ごさせ方を振り返って、来期の指導設計をExcerpt: 昨日のブログで、「自由研究/課題研究は狙い通りの成果を得たか?」と題して、夏休み中の宿題の代表格(?)である自由研究、課題研究について考えてみました。夏休みと言えばもう一つ、講習会や補習授業もありますね。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2018-08-28 06:22:02
学習指導、進路指導、探究活動で作るスパイラルExcerpt: 学習指導と進路指導という二本柱をしっかり立てれば成立したのがこれまでの指導計画でしたが、次期学習指導で加わる探究活動を組み合わせるとなると、単純にもう一本の柱を立てれば済む話ではありません。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2018-12-10 06:49:55
先生方の多忙解消に~個々の教育活動の価値見直しExcerpt: 先生方の多忙解消が必要であるとの議論が盛んになされるようになってずいぶん経ちますが、なかなか問題は解決に向かわないようです。退勤時間が早くなっても持ち帰る仕事が増えただけとの話もよく聞きます。多忙を解消するには、基本的には2つの方法しかありません。ひとつは個々の仕事の効率化、もう一つは仕事そのものを減らすことです。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2019-06-18 05:06:59