遠隔授業の可能性と課題

この1年間でオンライン/遠隔授業の環境整備は大きく進んできたようです。大学での授業評価アンケートの結果を拝見していても、試行錯誤の連続だったと思われる前期に比べ、後期では「遠隔授業のシステムが十分に整っている」との回答が有意に増加しており、システムに不備が生じたときの対応なども改善されてきている様子が窺えます。
また、システムなどの環境整備に加え、新しい環境下での授業の進め方/学ばせ方にも試行錯誤の結果、効果的な手法を見出した先生方も少なくないようです。学生側での履修環境の整備やシステムへの習熟も進んだようであり、両者が相まって、「学びの成果を十分に結んだ授業」は着実に増えてきているように見受けられます。
❏ 学習環境の整備が進めば、確かな学びも十分に期待
下図は、リモートでの学習環境(システムの使い勝手+不具合への対応などについての学生の評価)を四分位数で分けて、学びの成果に対する評価結果の分布を比較した結果です。

学習環境の整備と学習成果(リモート).png

学習環境の整備が十分に進んでいる「上位25%」の授業では、科目の到達目標の一つである「知識・技能の獲得」については対面で行われた授業とそん色のない(むしろ上回るほどの)評価を得ており、発展的な内容への学びの意欲「興味関心の喚起」でもかなり高い評価です。
データは割愛しますが、(あくまでも学生の自己評価ながら)平均学修時間が伸び、不明解消への努力もしっかりなされるようになっているようです。こうしたことも重なり、「科目の到達目標を達成できた/達成できそうだ」と答える学生は昨年度よりもむしろ増えています。
科目の内容にもよると思いますが、学習環境の整備と指導手法の改善が進めば、非対面で行われる授業にも大きな可能性がありそうです。
❏ 対話の要素をいかに取り込むかがカギ
対面での授業が行えない中で、アップロードされた授業動画を学生が視聴する「オンデマンド型」、テレビ会議システムを活用した「オンライン(リアルタイム)型」、両者を組み合わせた「ハイブリッド型」など様々な形態が試されています。
学びの成果という点で、それぞれの形態を比較してみると、授業動画をアップしただけのオンデマンド型は他の方式の後塵を拝します。
オンデマンド型では、学生は不明をその場で解消できないことも多いでしょうし、先生方も、学生の理解を逐次確かめることができません。
別稿「動画で授業を完結しない~授業を構成するパーツとして」でも申し上げた通り、動画だけでは対話を作れず、一方通行になりがちです。
レスポンスを拾えず、「伝えたつもりなのに伝わっていないこと」の発生に気づけなければ、不明の上に不明を重ねさせたり、伝達スキルの不備の解消を図るチャンスを逃したりしたこともあったはずです。
知識・技能の獲得が不確かになることに加え、その先の「興味関心の喚起/発展的な内容への学習意欲」では、授業動画を見せるだけのオンデマンド型では、ビハインドがさらに拡大します。
❏ 興味のかけらをその場で膨らませられるか
授業を受けながら「興味のかけら」を見つけても、それを膨らませたり他のかけらを集めて形にしたりするのも、周囲との対話や先生との問答なしには、なかなかうまくいかなかったのではないでしょうか。
膨らませるチャンスはありながら、具体的な形に育てる機を逃した興味は、次の瞬間から「蒸発」を始め、意識の中からどんどん消えていき、関連する/発展的な内容を学ぶ意欲にまで具体化しなくなります。
顔を突き合わせて先生方と問答を重ねたり、周囲と対話を交わしたりする中で得られる「気づき」や「新たなものの見方」は、それまで存在を見逃していた「自分事足り得る問題/課題」の発見に不可欠です。
対面での授業が普通に行われていた昨年度までのデータでも、「知識・技能の獲得」の評価結果は「興味関心の喚起」の上限値を決定し、対話による気づきの不足が前者と後者の差を拡大する傾向が確認できます。
授業形態によらず、「対話的な学び」の要素が十分に組み込まれなければ、気づきの交換による発想や着眼点の拡充は期待できなくなります。
今後、対面での授業が日常に戻っても、オンライン学習の技術がさらに進歩しても、深く確かな学びを作り出すカギは、対話的な学びとそれらをきちんと組み込んだ授業デザインにあると、改めて感じています。
授業は、各科目に固有の知識・技能の獲得を目指した学習活動を通して協働の喜びと方法を学ぶ場でもあります。対面であろうと遠隔であろうと、授業の中にどれだけの対話を作り出せるかが問われるところです。
■関連記事:

  1. 対面以外の環境で実現する対話的な学び
  2. 遠隔授業のデータから考える対面の良さを生かすポイント
  3. 臨時休校のリモート指導がきっかけで授業改善が加速?
  4. 教室でしかできない学びを充実~問いを軸に授業を設計
  5. 対話により思考の拡張を図り、観察の窓を開く
  6. 新しい生活様式のもとでの学習指導(まとめページ)
  7. デジタル・トランスフォーメーションと教室での学び

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一