生徒が協働で課題の解決に当たる場を計画的・継続的に創出・確保することは、社会生活で求められる「協働性・主体性・多様性」を獲得させるために今後ますます重要になります。しかしながら、限られた指導時間をやりくりして授業内にその機会を作ったとしても、生徒がそれを活かしきるだけの準備が整っていなければ所期の目標は達成できません。
教科学習指導における協働的な学びの場をきちんと機能させる上で、前稿で取り上げた「一人ひとりの役割」「期待する行動」に続く第三の鍵になるであろう「考える道具立ての整備」について考えてみます。
2015/10/22 公開の記事をアップデートしました。
❏ 知識量の差で、グループ討議が機能しない
討論だけでなく、協働学習一般に当てはまることですが、メンバー間の知識量(=討論を積み上げるための材料)の違いで、特定の生徒ばかりが活躍してしまい、他の生徒が出番を持てないことがあります。
適切な喩えが見当たりませんが、あたかも「長老の話を聞き入る村人たちのような光景」です。せっかく協働の場を作ったのに、グループ内で小さな「スクール」が作られてしまっては、協働性・多様性・主体性を学ばせる機会として機能しません。
生徒がそれぞれ経験してきた学習には大なり小なり違いがあり、既得知識にも自ずと差が生じていることを前提に「できる限りすべての生徒が同じ道具を携えて一つの土俵に上がれる」ような工夫が必要です。
知識や理解には、生徒一人ひとりが既に所持していたものと、その場で与えられたもの、さらには、必要に応じて生徒自身が取り寄せる(調べる:集めて編集する)ものの3タイプがあります。
第一のタイプで生じた差を、第二、第三タイプを活用することで縮小を図っておくことが、協働的な学習の場に生徒ひとりひとりを積極的に関わらせるポイントのひとつということです。
❏ 既習内容の補完は導入フェイズの問い掛けで
考えるということは、問いが与えている情報を、持てる知識を用いて分解し、解が求める形に再構成することにほかなりません。当然ながら、知識がなければ思考は成立しないということです。
しっかり教えることが生徒の積極的な活動を促すことを示唆するデータもあります。
意見を作るにも、討論を導くのにも、その前提となる知識が必要であるのは当たり前です。
前述の「既得知識」の差は、導入フェイズでの既習内容の確認のやり方しだいで、少しはその縮小を図ることができます。
以前に教えたはずという先生側の(思い込みに近い)期待があっても、生徒の側では記憶が薄れて想起できない状態になっている可能性は十分にあります。
拙稿「既習内容の確認は、問い掛けで」でお伝えしたように、既に教えたことは、教え直すのではなく、問いを投げかけて教科書やノートの該当箇所を開かせるようにしましょう。
問われたことに答えようと、教科書・ノートのページを開いてみれば、関連事項も目に入りますので、再記銘の機会になる上、そこにある知識が後で必要になったときに素早く参照できる準備にもなります。
❏ その場の知識獲得~読ませ、聴かせ、調べさせる
第二のタイプ(その場で与えられるもの)の知識・理解における差は、先生の講義や教科書・資料に書かれたことを、生徒一人ひとりがどれだけ素早く正確に理解できるかによって生じます。
これを「個々の生徒の学習能力の差」だからと、受け入れているだけではいけません。
高大接続改革以降の入試では、それまで学んだことのない事柄について資料や説明文を読んでその場で理解し、それをもとに課題の答えを考えるという「学習型問題」も増えてきます。
如上の学習能力(コンピテンシー)の違いで生じる点差は、「解法を知っている問題を、演習を通じてどれだけ増やしたか」というパフォーマンスモデルによる学習観の時代に通用した戦略だけでは埋めきれない大きなものになると思われます。
第三のタイプについては、辞書や参考書もあれば、最近の教室ではタブレットやスマホも使えますので、そうした参照手段を使いこなす訓練を普段から積み上げておくことで、知識量の差に起因する如上の問題の軽減を図るのが好適です。 cf. 参照型教材を徹底して使い倒す
資料に当たり、タブレットやスマホを使って情報を集め、課題の求めに応じた選択と答えが求める形への編集を、授業内活動の中で練習させれば、探究活動でも必要になる調査・情報収集能力をはじめとする、いわゆる汎用スキルの獲得機会にもなりそうです。
持てる知識で劣勢にあっても、資料を読み取り活用するスキルで周囲に対抗できることに気づけば、学びに対する自己効力感も高まりますし、そうしたスキルの獲得に向けた意欲も刺激されるはずです。
❏ 傾聴と批判的思考のスキル獲得にフレームを用意
討論をさせていても、生徒がそれぞれ自分の考えを(一方的に)発表するだけで、相手の意見を土台にさらに思考を積み上げる様子はそう頻繁には目にするものではありません。
拙稿「プレゼンテーション力より質問力」でも書きましたが、発表は上手くなっていても、生徒が互いの発言をきちんと受け止め(=理解して考察する)、質問で返して互いの思考を深める段階に達しているのはそれほど多く見かけません。
これまでの指導において、そうした行動を促すガイダンスも、トレーニングを積む場の創造も、生徒が方法と姿勢をしっかり学び身につけるのに十分なものでなかったのかもしれません。
とはいえ、「しっかりと相手の発言を聴き、自分の思考を重ねよ」と求めるだけでは、生徒は「どこに着目すれば良いか」も「どう思考を重ねれば良いか」も掴めかねます。フレームを与えて、基本的なやり方を学ばせることが必要です。
公民科を始め、様々な教科でトゥールミンモデル(外部サイト;CiNii)を導入した試行も始まっています。Googleで「トゥールミンモデル 授業/指導案」を検索すると、様々な実践が見つかります。
ワークシートを用意し、フォーマットに従ってメモを起こしながら相手の意見を聞かせる方法が奏功しているようですが、各生徒が書きあげたものをグループ内で輪読することで相互の学び・気づきが促進されることもありそうです。
輪読は、順番に発言するより時間効率が高いうえ、文字に固定されているので、それをベースにした追加討論も進めやすいという利点があります。他の生徒に読まれることを前提に文字を起こすことは、先生への提出物を調えるのとはまた違った刺激をもたらすのではないでしょうか。
もちろん1度や2度やらせたぐらいで簡単に身につくなら生徒も先生も苦労しません。3年間/6年間を見通した体系的・計画的なトレーニングを積み上げていくことが大切です。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一