一人一台端末を使ってアンケートを行うときの注意点

新型コロナ対応が拍車をかけ、一人一台端末の環境整備(外部リンク)が急速に進みました。教室でできることは大きく増え、コミュニケーション・ツールとしてのICTは大いに活用していきたいところです。
新年度を迎えるにあたり、各地の学校での端末活用をお尋ねしてみたところ、意欲的な取り組みの数々が(新しい環境への多少の戸惑いとともに)見られます。今後、各校の実践に学べることが沢山ありそうです。
学習(教科、進路、探究)の場面以外にも、授業評価、学校評価、生活環境など、様々な場面でのアンケートに端末を活用するケースも増えてきましたが、先行例を見る限り、分析で課題形成と効果測定ができる形できちんとデータを集めるには、幾つか注意すべき点がありそうです。

  • データは、必要に応じて分離、統合できる形で収集する。
  • 質問文は、回答者の視点を考え、且つ分析手法を想定して起こす。

といったところをきちんと意識してアンケートの実施前・実施後の手順を踏んでいきましょう。端末の機能を活用して、授業改善や学校作りに資するデータを得るには、それなりのノウハウが必要です。
また、アンケートの実施後、担当者(授業者やクラス担任)に集計結果を戻す/提示するのに余計な時間が掛かっては課題形成が遅れ、次のアクションが後手を踏みます。返却までの手順も考えておきましょう。

❏ 指導の実施単位でデータを取りまとめられるか

生活、学習、進路の三領域(+探究活動)での指導/学びにおける生徒の意識を探るには、指導の実施単位でデータを取りまとめられることが最小要件の一つです。
授業評価アンケートでも、全校生徒に「本校の授業は学力向上に役立っているか」と尋ねても、授業ごとの集計に分離できなければ、倣うべき優れた実践がどれか、喫緊の改善課題がどこにあるかもわかりません。
ホームルーム単位で実施している必修授業で、且つ全生徒が同じ科目を同じ教室で履修している場合なら、クラス単位でデータをまとめるので十分ですが、時間割や授業構成はそれほど単純ではないはずです。
英語コミュニケーションⅠと論理・表現Ⅰはそれぞれ別の先生が各々の方法で指導をなさるはず。習熟度別展開授業なら、履修している生徒は複数のクラスにまたがります。同じホームルームの生徒が履修する同一科目でも、少人数分割授業では担当する先生が違います。
一方の先生がとても素晴らしい授業をなさり、他方がちょっと…という場合、これらのデータをまるめてしまっては事実は見えなくなり、有効な改善策が立てられなくなりかねません。
同じ先生が同じ科目を教えても、クラスの生徒が備える学習者としてのレディネスが違えば、授業への反応も違ってきます。クラス別に集計の結果を早期&確実に入手できてこそ、適切なアジャストが可能です。
実施単位ごとに授業の一つひとつにIDを割り振っておき、且つ統合のための親区分(科目や教員)を設定し、個々の授業に予め結びつけておかないと、単純集計すら覚束ないということです。

❏ 他の調査のデータと関連付けられるか

授業の成否は、担当する先生方の技量だけでなく、学びのコミュニティをどう作るかでも大きく左右されるのは、別稿「教科学習指導の土台はホームルーム経営」でもお伝えした通りです。
授業評価アンケートのデータと、別のアンケート(例えば、生徒意識調査や学校評価)で取得したデータが、必要に応じて生徒単位、クラス単位で関連付けられる状態になっていないと、どこに改善課題があるのか探る手立ても得られなくなります。
それぞれのアンケートを行う際に、回答者のID(生徒ごとに固定されたユニークな値)を自動的に取得する仕組みにするか、記入させるかのいずれかにすれば、後でデータを統合することは可能ですが、小さからぬひと手間がかかります。後者の場合は、生徒が入力を間違えたときのリカバー策がありません。
実施時期がずれれば、その間の経験などで、生徒の認識も変わってしまい、両者のデータを単純に結び付けられなくなることもあります。複数の調査(例えば、授業評価と生徒意識のアンケート)を行う際は、できるだけ1枚の回答用紙で同時に調査を行うようにしましょう。
時期のズレから生じる問題も回避できますし、個々の生徒の回答が自ずと一つのレコードにまとまり、如上の「統合の手間、エラーのリスク」もなく、多角的な解析に使えるデータが容易に取得できます。

❏ 取得したデータの分析と評価をきちんと行えているか

せっかく取得したデータも、きちんと分析・評価しないことには、調査が対象とした教育活動の改善に役立てることが難しくなります。
回答分布だけ見て、肯定的な回答が8割を占めたとして、それが良好な状態なのか、改善が急務と解釈すべき状態なのかわかりませんし、前述のように必要な分離・統合ができないのでは尚更です。
平均値などの記述統計量を並べるだけでは分析になりません。箱ひげ図を用いた集団と時期の比較に加えて、クロス集計(+残差分析)や回帰分析、場合によっては因子分析なども必要になります。
こうした統計スキルをお持ちの先生方に負担が集中しないよう、分析の業務を適切に分散できる態勢を校内に整えられるかどうかも重要です。
数学での統計学習や、情報Ⅰ、情報Ⅱの学習内容は充実しましたが、先生方にも少々勉強していただく必要が生じるかも…。先生方が統計を学ぶのは、探究活動の指導を進める上でも有益なはずです。
分析工程を見越した質問設計が必要であるのは言うまでもありません。ちなみに授業評価アンケートなら、学力向上感を目的変数に、それに有意な寄与が確認できていることがらを説明変数とする設計が好適です。学校評価アンケートなら、校是や教育目標に沿った設計をしましょう。

❏ 生徒を集めて一括で実施することにも様々なメリット

一人一台端末は、教育活動に様々な可能性をもたらしてくれます。個々の単元を学ぶときの導入クイズでも即時に集計ができますし、学びのたびにリフレクション・ログを残すのも簡単です。生徒が個々に考えたことをシェアして教室に相互啓発を働かせるにも欠かせないツールです。

授業を進める中で、臨機応変にリアルタイムで生徒の反応を探り、蓄積していくことでの教育改善効果は計り知れないほど大きいはずです。
その一方、アンケート調査などでは、「いつでも、必要に応じて」という利点が却ってマイナスに作用することがあります。視野がその場のことに絞られてしまい、相対化ができないこともその一つです。
生徒に限りませんが、良いか悪いかといった主観や意識を尋ねる場合、他のこととの比較(=相対化)しながら答えるときの方が、客観的に答えを選べるようになります。一つのことだけ訊くことを、時と場所を変えて繰り返すと、答えにばらつきが出やすくなります。
授業評価アンケートも、一人一台端末のおかげで、先生方がそれぞれ自分が担当する授業で実施するのが簡単になりましたが、如上の「相対化による客観的な評価」を行いにくくするデメリットがあることを、頭の片隅にはおいておきましょう。
また、個々の授業/クラスでアンケートを行うことで、回答率が下がるのも避けたいリスクの一つです。先生方がうっかり実施を忘れることはないでしょうが、生徒が回答を忘れる/サボることはあるかも。
回答率が下がれば、データに歪みが出やすくなり、改善に向けた課題形成や指導の効果測定を誤ることも多くなるはず。好意的な生徒/不満を抱える生徒のいずれか一方の回答率が勝れば、それだけでも集計結果は上下にブレかねません。
一人一台端末の利便性とは逆の方向にもなり得ることですが、従来通りに、生徒が全員集まったところ(ホームルームなど)で、すべての授業について一度にまとめて回答をさせるという運用を維持することにも、小さからぬメリットがあると考えます。



授業評価アンケートでも、学校評価アンケートでも、年度当初には「どんな質問設計で、どの時期に実施するか」はしっかりと計画立てて、先生方の間で共通認識にしておきたいところです。
質問設計(=評価の観点と規準)は、どのような授業を実現するかを先生方の間で共有するにも欠かせないもの。実施時期を迎えて腰を上げるのでは、そこまでの指導に学校としての方向性を欠き、校是たる授業像を打ち出せていないということになろうかと思います。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

中学・高校向け授業評価アンケート