授業評価アンケートにおける目的変数は学力向上感

模擬試験の成績などでも観測できる結果学力(知識・技能、思考力・判断力・表現力)の伸びと、授業評価アンケートなどの集計に現れる学習者側での伸びの実感(学力向上感)とは別物で、両者が一致しないこともしばしばですが、進路希望の実現を目指す意欲と行動を継続できるかどうかは、前者より後者にかかっているようです。
学んだことに新たな興味や関心が芽生えるかどうかも、実際の成績より当人の学力伸長感に左右されることが多く、学びに向かう意欲を高く維持するには「生徒が抱く伸びている実感」を確かめる必要があります。

2014/10/28 公開の記事をアップデートしました。

❏ 実際の成績以上に影響が大きい学力向上感

いくつかの学校のデータをお借りして、{模試成績×志望維持}と{学力向上感×志望維持}とを比較・解析してみました。
模試成績では、残り半年を残した段階でC判定まで数十点という位置におり、挑む気持ちと具体的な行動さえ伴えば、志望校合格を勝ち取る可能性は十分なのに、簡単に志望を切り下げてしまう生徒がいます。
その一方、授業評価アンケートの「授業を受けて学力や技能の向上を実感できる」という質問に肯定的な答えを選んだ生徒は、より高い割合で最後まで第一志望を変えずに難関突破に挑み続ける傾向にあります。
受験期は、またとない成長の好機ですが、途中で諦めてしまっては、苦しみながらも頑張った中で獲得できたはずのものを、身につけないまま高校を卒業させてしまうことにもなりかねません。
蛇足ながら、ある選択の場面で選んだ行動は、それによって痛い目を見ない限り、「あの選択で正解だった」との自己説得が生じるのか、次の選択の場でも同じような行動を繰り返しがちです。
あきらめるという選択を習慣化するのと、どうすれば良いか考えて最善を尽くすことの大切さを学習した場合とでは、その後に歩く道も違ってくるような気がします。

❏ 伸びている実感が、挑む意欲を支える

如上の調査では、早慶上理からGMARCHへ、あるいは国公立大学から私立大学へと志望校を切り下げた生徒と、志望を変えずに第一志望を堅持した生徒との間には、模試における成績(偏差値や合否判定)やその変動(上昇/下降)の幅に有意な差は見られませんでした。
志望校切り下げ群と第一志望維持群との間で明らかな違いが見られたのは、「学力や技能の向上を実感できるか」という授業評価アンケートの質問に対する回答の分布です。
1、2年次の授業評価アンケートで、ある科目で学力や技能の向上が実感できない/自分の進歩を感じられないと答えた生徒は、3年次の進路希望調査において、高い割合でその科目を受験に使わない大学や、いわゆる入試難易度の低い大学・大学に志望を変更していました。
同じ質問に肯定的に答えた生徒と比べると、その割合は2倍以上に及びます。やや乱暴ですが、図式化してみるとこんな感じでしょうか。


❏ 展望の描けないところに、頑張る理由は見つけにくい

これ以上は伸びそうもない、成績を上げるための努力・負担にはもう耐えられそうもないという気持ち[弱気]が、志望の切り下げを決心させたものと思われます。
実際に何人かの該当者にインタビューしてみましたが、表現こそ様々ですが、同じ主旨の発言をしています。
確かに大人でも、たとえ必要性はわかっていても、勝算が描けないところでそうそう頑張り続けられるものではありません。
これに対し、「今すぐにはできそうもなくても、いずれは何とかなりそうだ」という感覚を持てれば、「諦めるというカード(選択肢)を今の段階で手札から出す必要はない」と思えるのではないでしょうか。
伸びている実感/目標に接近しているという感覚があってこそ、もうちょっと頑張ってみようかなと思うものですよね。

❏ 教える側との認識の違い~訊いてみなければ把握不能

学習者が実感している学びの成果(学力向上感)は、教える側が想像しているのとまったく違っていることも少なくありません。
教員の目には、「ちゃんと頑張っているし成績も悪くない、なんとかなる」と映っていても、本人が「伸びている」という実感を持てずにいることだって往々にしてあります。
また、学力の向上に関する実際と当人の感覚の違いと同様に、外からの観察で推測したものと、当人が感じているものの違いは、学習過程における様々な場面でも起こり得ます。
たとえば、授業の冒頭でその日の学習の目標を伝えた、学期の始まりに予習復習の方法を示したと教員側が思っていても、生徒の側では認識にも記憶にも残っていなというのは珍しいことではありません。
協働学習の場で、意欲的に取り組んでいるようには全く見えない生徒が、実はそこで充足感や楽しさを感じていることもあります。

❏ 訊いて確かめておくべきことは、他にもある

授業を受けて学力や技能が向上しているか、本時の学習目標や取り組み方をきちんと理解しているかなど、生徒側の認識を確かめなければならないことは他にも様々です。
例えば、生徒に、「この科目について自分なりの学び方が身についてきたと思うか」と尋ねてみたら、どのくらいの生徒が自信をもってYESと答えてくれるでしょうか。
言われた通りにしているだけの生徒も、先生が提示した方法に納得して確かな手応えを感じている生徒もいるはずですが、学習時間調査の結果や教室での観察では両者の違いを見分けるのは容易でないはずです。
探究型学習のプログラムを立案するときにも、生徒が小中学校でどんな経験をして、そこでどんな気づきを得たかは、本人に訊いてみなければわかりませんし、その把握なしには合理的なプログラムは作れません。
進路指導の一環で行事を設定しても、そこで何を感じ取り、何をしていこうと考えたかなども、生徒に訊いて確かめてみないと、初期の成果を得たかどうかの確認もできません。
授業改善にしろ、教育活動の充実にしろ、学習者の認識を確かめることを忘れずに進めていいきたいものです。
#03 アンケートの結果に照らしながら、指導の改善を図るに続く。

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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