多くの学校が、生徒に様々な「体験学習」の場を用意しています。農村や里山などを訪ねたり、防災活動などで地域社会に関わったり、各校の教育意図から生まれたプログラムには大きな期待が向けられています。
修学旅行や海外研修でも、以前に比べて意図の明確なものが多くなっているのは、先生方もお感じになっておられるところだと思います。
しかしながら、実際の運用を拝見する中、せっかくの貴重な体験が生徒にとって有為な学びになっているか、体験だけで終わってしまってないか、冷静に見直してみる必要もあるように感じます。学習の場を設けたときの狙い(生徒の成長、意識や行動の変化)がより確かなものになるよう、さらなる工夫がこらせるかもしれません。
❏ 体験に出向くにも、ある程度の「認知の網」が必要
様々な体験の場を作り、そこから生徒が何かを学んでくれるのを、ただ期待して見守っているだけでは、「体験が体験で終わってしまう」ことも少なくありません。有為な学びになる確率を高める工夫が必要です。
貴重な教育リソース(時間や予算)を投じている以上、ひとつの体験から生徒ができるだけ多くの気づきを得られるようにしたいところです。
何の準備/事前指導もなく、生徒を「体験の場」に赴かせることはないと思いますが、その準備が十分でないことは多々ありそうです。「認知の網」は、教科学習指導の場だけで働くものではありません。体験学習の場でも生徒が「感じ取るもの」を大きく左右してしまいます。
あまりにも準備に凝り過ぎると先入観を作ってしまい、センサーのスイッチを切らせてしまうこともありますが、それより準備不足でセンサーがろくに働かない状態の方がはるかに多いように思います。
体験を終えた後に生徒のリフレクション・ログを読んでみて、気づいて欲しかったところへの言及があまりなかったりするのは、こうした理由にもよるところが小さくなさそうです。
(これとは逆に、ログを読んでいて、こちらが思いつきもしなかったところに着目した、予想の斜め上を行く鋭いことを書いている生徒がいるのに驚かされるのもしばしばです。教える側のこちらが先入観に縛られて、目の前にあるものを素直に観ていなかったからかもしれません。)
体験行事以外でも、進路講演を聞かせたり、大学訪問に行かせたりするときも同じだと思います。(cf. 進路講演などに向けた事前指導)
❏ 学んで欲しいことを問いの形で生徒の頭に入れておく
行事に臨もうとしている生徒には、これから体験することを、その背景や周辺も含めてあれこれと広く調べる機会を持たせましょう。
ただし「調べる」と言っても、着眼点を曖昧にしたままでは、関心の方向がバラバラになり、狙いから外れていきます。
修学旅行先で、グループごとにフィールドワークを行わせるにしても、計画作りを生徒任せにしておくだけでは、観光案内サイトで「面白そうなところ、映えそうなところ」を探し、ルートを組んでしまうかも…。
体験学習の機会を設けようと決めたとき、先生方の間では「生徒にそこで学んで欲しいこと/考えてもらいたいこと」への共通認識があったはずですから、それらを問いの形で生徒に投げかけてみましょう。
その「問い」によって生徒の問題意識を刺激した上で、資料を与えたり探させたりして調べ学習に取り組ませれば、これから訪ねる地域や体験しようとしている活動について一定の知識を得させることができます。
❏ 調べ学習の成果を持ち寄り、分類・整理しておく
調べて知ったことの中には、対象がこれまで抱えてきた/今まさに解決の必要に迫られている問題などもあるでしょうし、それらの解決に挑む人々の取り組みなども含まれるはずです。
こうした調べ学習に個人/グループで取り組んだ成果を、クラス全体でシェアするようにすれば、対象への理解はより多角的になります。
シェアしたものを改めて「分類」してみるタスクに取り組ませると、その理解に一層の整理がつきます。同じ事実を捉えていても、見る角度が違うものもあるかもしれません。
分類を終えたものを目の前に、改めて読み直してみれば、行事に臨んでこれから体験することの中で、何を確かめ、何を学ぶべきなのか、より明確なイメージを生徒は持てるようになります。体験に向けたレディネスが整ってくるということです。
もし、行事までに期間的な余裕があるなら、分類したものの中から興味のあるものをテーマに選んで、さらに深く調べたり話し合ったりする場を持たせてみても良いかもしれません。生徒のグループ分けは、選択したテーマで行えば、興味を共有した主体的な取り組みも期待できます。
ここでの成果も、行事の前にはシェアしておきたいところ。ICTの活用も広がっていますので、クラウドに置いた「行事のしおり」の付録とするのも悪くないと思います。
各グルーブからの「対象が抱える課題の根っこには何があるか」「現地に行ってこんなことを確かめたい」といった発信は、他の生徒にも大きな刺激になり、事前学習の目的である「認知の網をしっかり張る」ことに大きな効果が見込めます。
❏事後学習は、 個人での振り返りと内省をメインに
体験を終えた後で最も大切なことは、きちんと振り返りを行い、気づいたこと/考えたことを整理することだと思います。
言うまでもありませんが、成長は、生徒一人ひとりの中に生じるものです。生徒が個々に内省を深めてこそ、考えや行動の変容に繋がります。
せっかくの気づきも、放っておいては時間の経過とともに揮発します。しっかりと言葉にして頭の外に書き出しておかないと、後になって思い出すことすらできないかも…。学びを確かなものにするには、言語化というプロセスを経た「仕上げ」が重要なのは万事に共通です。
ポートフォリオに書き出したものを暫く経ってから読み直してみれば、体験直後の自分と対話することができます。体験以降にも様々なことを学んでいるはずですので、それらをすり合わせることで、新たな発見もあるのではないでしょうか。
ご指導に当たる先生方にしても、生徒の頭の中は覗き込めませんので、文字や声で言葉にさせてみないことには、生徒がどんな成長をしたか、今後の指導で何を補い、どちらに導けば良いか判断がつきません。
また、ポートフォリオに残されたリフレクション・ログの中から、優れたものを選び出して、クラス・学年でシェアすれば、相互啓発が働いて生徒全体の学びはより深く、広いものになるはずです。
体験学習は、教室を離れて「リアルな社会」に触れることで、自分たちが将来向き合うことになる問題を知るための機会でもあります。
どんな問題も様々な要因が複雑に絡み合って、多様な側面を持つもの。ひとつの地域やそこに暮らす人々だって競合する様々な問題を同時に抱えているのが普通でしょうし、それが原因で分断のようなものが生じているかもしれません。単眼的な見方では、解決策を誤ります。
生徒が、体験を通してそれを実感し、様々な立場の人々が協力し合い、それぞれの専門性を持ち寄って問題に取り組むことの大切さに気づいてくれたら、体験の場を作ったことは「大成功」でしょう。
折しも、来年度の指導計画を練る時期です。これまで実施してきた体験学習のブラッシュアップ、あるいは来年度以降の新設に向けて、考えておかなければならないことは少なくなさそうです。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一