自立的に学びを進められるだけの土台(学習方策)を備えることに加えて、学ぶ意欲や学ぶことへの自分の理由(目的意識)を持っていることは、主体的な学びを成立させるのに欠かせない前提条件です。
前稿で考察した「学習方策」(この科目の学び方や取り組み方が身についた)に続き、本稿では目的意識に焦点を当てて、授業評価アンケートの回答データの解析結果が示唆するところをお伝えします。
2020/08/21 公開の記事をアップデートしました。
❏ 学びに向かう力、主体的に学習に取り組む態度
授業評価アンケートの「新課程対応版」の質問設計では、以下の質問を設けて、生徒の学びに向かう態度を尋ねています。
目的意識: 自分なりの課題や目的を持って日々の授業に臨んでいる。
この質問に対して肯定的な回答を選んでくれる生徒の割合とその変化によって、主体的な学びの実現度を推定しようというのが質問意図です。
目的意識の強さ・確かさに関わらず、成績さえきちんと伸びているならそれで良い、という考え方もあろうかと思いますが、学ぶことへの自分の理由がなければ、「外圧」なしには学びが継続しないということ。
新学習指導要領で「学びに向かう力・人間性等」が涵養すべき能力・資質に挙がり、「主体的に学習に取り組む態度」を観点に評価をすることになる以上、如上の質問に生徒がどう答えるかに十分な注意を向けておくべきではないでしょうか。cf. 指導と評価の一体化
❏ 学びに向けた目的意識と学習目標の理解の関係
一方、日々の授業において学習目標や授業への取り組み方が明確に示されているかは、併設する以下の質問で生徒の認識を尋ねています。
目標理解 | 学習目標や授業への取り組み方ははっきり示されている。 |
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下表は、先の問いとともに、{とてもそう思う~まったく思わない}の5択で答えを尋ねた結果です。回答は4点~0点に換算しています。
普通に考えると、先生が学習目標をきちんと示せば、生徒はそれに呼応し、学習目標の達成を目的に学びに取り組んでくれそうなものですが、データを見ると、必ずしもそうとばかりは言えないようです。
下表(目的意識と理解確認の2項目への回答のクロス集計)を見ての通り、両者の間には正の相関はあるものの、両者への答えが一致するのは全体で4割強といったところ。授業別集計値の相関係数を算出してみても 0.4 をようやく超えるところで、相関は強固とは言い切れません。
学習目標と取り組み方の十分な理解は「授業を通した学力の向上や自分の進歩を実感する」ための必須要件なのは間違いありませんが、学びに向けた目的意識を直接的に喚起するわけではなさそうです。
本時/単元の到達目標(=指導目標)はどれほど合理的だろうと、生徒には「他人が決めたもの、自分事に非ず」かも…。様々なことにトライし、振り返る中で見つけた「次に向けた自分の目標」とは違います。
❏「受験で必要だから」だけでも学ぶ目的にならない
志望校への合格のために、ある科目の成績を伸ばさなければならないとしても、それは進路希望実現(あるいはその先にある、社会と有意義な接点を持つこと)という目的を達成するための「必要」に過ぎません。
実際、「この科目、面白いとは思わないけど、受験で必要だからちゃんと取り組んで点数を伸ばしたい」という生徒がいても、責めるのはお門違い。必要に折り合いをつけて自分の行動を律せるのであれば、それはそれで立派なことだと思います。
進学校で高3生が数学を選択履修している場合、大抵は「受験科目」だと思いますが、授業評価アンケートの回答データでは、該当生徒の半数近くが【目的意識】で「とてもそう思う」以外を選んでいたりします。
たいていの入試で課され、いずれ必要になるとのイメージが容易な英語でも、状況は似たようなものです。積極的な肯定(回答A、B)を選ぶ生徒は中学入学から高校卒業まで通して6割前後で変わりません。
どうやら「受験で必要だから」というロジックも、学習目標の理解徹底を図ること(前述)と同様に、学びに対する目的意識を高く持ってもらうための十分条件とはならないようです。
そもそも、受験(=進路希望の実現)にその科目を必要としない生徒に対する、「説得材料」になり得ないことは自明でしょう。
❏ 自分の課題や目的を持つのは「振り返り」を通じて
生徒が自分の学びに課題を設定するには、より良いパフォーマンス(成績のみならず、問いに対して作った答え、取り組みの成果発表、協働への貢献なども含みます)のために何をすべきか、これまでの自分に何が足りなかったのかを、具体的に認識することが入り口になります。
学びに持つ目的というのは、自分で設定した課題をクリアすることや、それを通じて「より良い自分」「目指すべき状態」に近づくことを指すはず。そのための課題形成の機会は「振り返り」にあります。
実際、【振り返り】と【目的意識】を同時に調査したアンケートでは、前者と後者の間には相関係数で 0.480~0.577(95%信頼区間:生徒の回答から直接算出)という、かなりはっきりした連関が確認できます。
しかしながら、形だけの振り返りをどれだけ繰り返しても、さしたる成果は見込めません。別稿でも書いた通り、振り返りが形だけのものになり、それを通して実現すべきものに近づいていないことがあります。
❏ 目的意識を高めると負荷耐性が上昇する
主体的に学びに向かう態度の原資である【目的意識】を引き上げ、高く維持することには、様々な効果があります。授業内容や課題の難易度といった負荷に対する耐性を高めることは、その一つです。
学力に限らず、能力や資質を伸ばす(=伸びこぼしを防ぐ)には十分な負荷が不可欠ですが、目的意識が希薄な状態では、大きな負荷に堪えられず、結果的に学びの成果を低く抑えてしまいがちです。
上のグラフは、【目的意識】で{A、B}を選んで答えた生徒と、{C~E}を選んだ生徒とでデータを分けて、授業内容や課題の難易度と学力伸長の実感がどう連動するかを示したものです。
青のマーカー(及び近似線)が、目的意識を明確に持っている生徒による評価、オレンジのマーカーと近似線がそれ以外の生徒のデータです。
見ての通り、青のマーカーは座標面の上の方に、オレンジは下の方に分布しており、目的意識の向上が学習効果を押し上げるのは一目瞭然ですが、近似線の傾き(曲がり具合)にも注目が必要です。
青の近似線は難易度が上がっても急激に下に向かず、生徒が頑張って食いついてきている様子が窺えます。一方、オレンジの近似線は難易度が一定の水準を超えると下方に大きく曲がります。「わからないから」と諦めてしまっている姿が想像されますが、如何でしょうか。
主体的な学びを実現するためには、生徒一人ひとりに学びに対する目的意識を持たせることが大前提。そのためには振り返りを通した課題形成が必要。目的意識を高めれば難しいハードルにも生徒が挑んでくれる。──直観的にも予想される連関が、データで確認できました。
学びに対して目的意識をどれだけ持っているかは、授業評価アンケートで尋ねる以外にも、リフレクションシートで「本時の授業でのあなたの目標は何だったか」を書かせれば、その記述内容からも推測できます。
前者は、データを定量化できる分、様々な検証に利用しやすく効果測定も容易というメリットがありますが、生徒の認識を文字に起こさせてみると、頭の中を具体的に覗き込めることに加え、言語化を通した内省で生徒のメタ認知にも向上が期待できます。両者それぞれの長所を生かして、より良い学びの創出を図りたいところです。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一