知識活用の機会を生徒が認識できないとき

以前の記事では、授業内外に「理解して覚えたことを課題解決に用いる場面を設けることが、学習目標の理解や学習を通じた成果(学力向上や自分の進歩の実感)を確かなものにする上、授業内活動を高めて対話的で主体的な深い学びの実現に近づく可能性をデータで示しました。
しかしながら、理解したことを用いて解決する課題が授業内外に整えられているのに、生徒の側でそれを「知識活用の機会」として認識していないというケースが稀にですが観察されます。

❏ 課題は用意され、活動も引き出せているのに

ご担当の先生からご相談を受けて、実際に教室に足を運んでみました。
みたところ、授業では明確な課題が用意されており、生徒もまじめに取り組んでいます。授業内活動の集計値も平均は優に超えており、特に問題のある数字ではありません。
でも、授業評価アンケートの集計結果では、「習ったことを活用する場面があるか」との問いに多くの生徒が否定的に答えています。
同系統の授業群のデータから作成した目標理解や学習効果との散布図に照らしてみると、近似線にほとんど重なるような位置です。
データに現れた生徒側の認識では、「せっかくの課題が活用機会として認識されず、学習を通じて到達すべき目標の理解に繋がらない/達成検証の機会としても機能していない」ということになります。

❏ わかりやすく示された手順に従っているだけ

しばらく授業を観ていると、「生徒は指示された手順に従って作業を進めているだけではないか」との思いが湧いてきました。
先生の指示はわかりやすく、生徒も特に戸惑っている様子が見られませんが、指示された範囲が終わると、そこでぴたりと手を止めます。
途中で手順を間違ってしまったときも、生徒は自分でそれに気付かないでいることもしばしばです。
もし、最終的に作り上げるものがきちんとイメージできていたら、これらとは違った行動(ゴールを想定した、手順の修正とリスタートなど)が観察できたのではないでしょうか。

❏ 活用機会を整えるのは、目標提示と達成検証のため

授業の冒頭では、「今日は〇〇をします」という先生からの宣言はありましたが、完成に至ったときのイメージを示すでもなく、工程全体の流れも示されていません。
地図上(=工程の全体図)にゴール(=到達目標、学び終えて答えるべき問いなど)を捉えていないと、どっちに進むか自ら判断できません。
この状態では、生徒はひとつひとつ指示された手順をこなしていく以上のことはできないのも当然です。
学習目標は解くべき課題で示すなどでも書いてきた通り、「習ったことを活用する機会」というのは、

  • 目指すべき到達状態(仕上げるべきもの)を示す
  • 到達できたかを生徒自身が検証する手段を提供する

という目的を達するために用意するものですが、如上のケースでは、この前提/目的踏み外してしまっていたのではないでしょうか。

❏ 導入フェイズで示す、完成像、全体工程、評価基準

如上の「今日は〇〇をします」という宣言では、生徒は完成を目指して自分が取り組む課題として認識できない、と考えた方が良さそうです。
その科目が特に得意という生徒なら、先を予想して自分で目標や到達状態をイメージできるかもしれませんが、他の多くの生徒にそれを求めるのは酷というものです。
学び終えたときに解を導き出すべき問いを提示して、「今日から3回の授業でこの問題を解決しよう」という目標の示し方をすれば、「何を目指すのか」「いつまでに仕上げるのか」もイメージしやすいはずです。
また、完成イメージに照らして、最終的な仕上げのチェックをするべき点を説明したり、問いかけて気づかせたりすることで、漫然とした取り組みから、課題や目標を意識した取り組みに切り替わってきます。

❏ 完成時のチェックポイントを知って意識を高める

単に期限を守って作業を完了させるのと、完成像をイメージしてより良いものを目指すのとでは、取り組みに大きな違いが生じます。
その後、各フェイズでの作業の具体的な説明を聞くときも、どうしてその作業が必要なのか、どんな注意をしながら進めれば良いのかを良く理解できるのではないでしょうか。
一つひとつの指示を「従うべきもの」という認識に留めず、より良いものを目指すための道具/手順と捉えさせることが、学びに対する積極性をもたらします。
当然ながら、課題を仕上げたときの達成感もより明確になりますし、先生の説明や注意を良く理解しているので学びの総量も課題の仕上がりもぐんと上がるはずです。
学習者としてのステージが進んだら、先生が先回りして説明してしまうのではなく、生徒自身に完成イメージを観察させて、チェックポイント(=評価の観点と規準)を生徒自身に言語化させる(=言葉で説明させる)ように持っていければなおよさそうです。

理解確認を行うにしても、課題を仕上げていく工程の中で、要所ごとにに「習ったこと」を活かせているかを問いかけたり、リストに照らして点検させたりすることで、学んだことの一つひとつの意味や重要性を実感しやすい状態を作りましょう。

❏ 学習の主体たる生徒の認識は常に確かめておく

繰り返しになりますが、現実には適切な課題や答えを導くべき問いが示されていても、生徒がそれを目標として捉えていなかったり、達成したことを確かめる基準として認識していないこともあります。
この辺りは、アンケートやリフレクション・シートを通して、生徒の認識を直接質して確かめてみるしかありません。後者では、「本時の目標は何だったか」と尋ねて文字に起こさせてみるのも好適です。
作品の出来上がりやテストで測定される結果学力が良好でも、自分が伸びている実感を伴わなければ、学び続ける意欲がわかないのは別稿でお伝えした通りです。
より良い授業を実現しようとするなら、学習評価は多様なツールを組み合わせて多面的・総合的に行うべきもの。結果学力を測るテスト、学習の過程(取り組み)についてルーブリックなどを用いた活動評価などに加えて、学習の主体たる生徒の意識やその変化にも注意しましょう。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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