勘に頼らず、データに偏り過ぎず

新しい学力観に沿った学ばせ方や教育活動の確立を図るには、校内外の優れた実践に触れて発想を押し広げていく必要がありますが、それと並行して、新たに採り入れた取り組みや工夫の効果測定をきちんと行わないと、せっかくの努力も方向を失い、試行錯誤に生徒を巻き込みます。
目指すものが変わる以上、これまでに蓄積してきた経験則や、そこから生まれる「勘」に頼るばかりでは立ちいかないことも増えます。
とは言え、思考や判断、表現の力や、主体的に学ぶ姿勢などを評価し、定量化する方法にしても、確立に向けた試行錯誤の途上かも。効果測定に利用できる信頼度の高いデータが常に揃うわけではありません。
従来と違ったことに挑戦するフェイズでは、タイトルの通り、「勘に頼らず、データに偏らず」というスタンスを取り、双方を照らし合わせながら、それぞれの精度を高めていくことが重要ではないかと考えます。

❏ 経験則だけでは先が見通せないケースも

高大接続改革以降、新課程への移行を経て、生徒が身に付けるべき学力は大きく姿を変え、大学や中高の入試問題も大きく変化しました。
出口で求められる学力が変わった以上、普段の教室での生徒観察や定期考査での成績などを手掛かりとする「伸びの見立て」も、従来と同じやり方では、通用しなくなっている(精度が下がった)かもしれません。
以前なら、小テストにきちんと取り組み、定期考査でも万端の準備をして臨んでいた生徒が、受験期を迎えて成績を伸ばしてくれていたとしても、そうした学び方しかできない生徒は、意欲的な大学群などに見られる新しいタイプの問題への対応には苦労しています。
喩えるなら、整地されたトラックで良いタイムを出す選手でも、木々が立ち並んで見通しが悪く、起伏のある丘陵を舞台に、ルートを考えながらゴールを目指すレースに対応できるとは限らないのと同じかも。
走力が求められるのは同じですが、地図を読み、自分の位置を特定する方法を身につけた上で、どのようにゴールを目指すのか戦略を考えなければならない点で、前者と後者は違います。
当然ながら、前者の試走タイムだけでは後者の結果は予測できません。
日々の指導も、生徒の学習行動を観察したり、テストを課したりしながら、現状で足りないものを見つけ出し、それを補うタスクや活動を考えますが、従来と同じ方法で生徒を観察/評価しているだけでは、正しい見立ても立たず、最適な指導プランを起こすことも難しくなります。

❏ 学力形成過程における中間検証手段を整える

新しい学力観を構成する様々な学力要素(21世紀型能力で言えば「基礎力、思考力、実践力」)を高い次元で獲得させるには、学力形成がどこまで進んでいるか、中途段階で検証する機会の整備は欠かせません。
定期考査でも、「教わったことをきちんと覚え、答案上に正確に再現する」ことばかりを求めても、如上の「中間検証」は精度を欠きます。
怠ることができないのは、出題研究の成果を踏まえて、考査問題のアップデートを図ること。ときには、模擬試験や外部検定などのスコアと、定期考査の成績の相関などを取りながら、改善を重ねたいところです。

生徒は定期考査問題に合わせて学習スタイルを獲得し、それに応じた力を身につけます。日々の授業と考査で求めている学力要素しか、生徒は獲得できないということです。
先の喩えに当てれば、本番が丘陵でのオリエンテーリングなのに、普段の練習がトラックでの走り込みだけということ。足りないものを洗い出すこともできず、必要な力を備えて本番に臨むことも難しくなります。

❏ 行動観察とテストの結果などを突き合わせてみる

生徒が思考や判断、表現の力を発揮する機会は、日々の教室の中にもふんだんにあります。考査答案やレポートの採点だけでは、十分な評価はできず、指導の効果測定も焦点を絞り過ぎたものになります。
普段の授業の中でも、対話により思考の拡張を図り、観察の窓を開くことに注力して、生徒の頭の中で何が起きているか(=思考の様子)、どこで躓いているかを日々把握し、その記録も残していきたいところ。
観察を通して蓄積した所感の記録と考査などのテスト結果をつき合わせてみると、以下のようなチェックもできるはずです。

  • 日々の授業での観察は、広く、精度よく行えているか
  • テスト結果は思考力や判断力を正しく点数に反映しているか

思考、判断、表現の力を試した設問での正答率の高い生徒とそれ以外の生徒の、日々の教室での行動を見比べてみると、正答率に差を生んだ理由にも当たりがつくかもしれません。そうした知見の地道な蓄積こそが生徒観察のノウハウになり、指導法の改善にも繋がっていきます。
これとは逆に、普段の授業で思考、判断、表現の力を高い次元で発揮している生徒が、その力を試した設問で高い正答率/得点率をあげているか(他の生徒との間に有意差があるか)を確かめる中で、出題が妥当/合理的なものであったかどうかも、確かめていきましょう。
様々な場面(テスト、教室での観察+ルーブリックなどを用いた行動評価)で得られたデータ(評価結果)を互いに突き合わせることで、どこかに潜む「評価の歪み」を取り払っていくことが大切です。
従来の教室ではモノサシを当てる(焦点化して評価する)ことが少なかった、主体性や協働性、多様性といったところでも、データの突き合わせをしながら、評価の仕組みの確立を急ぎたいところです。

❏ 志望理由書や学修計画書を起こせる生徒を育てるのにも

大学では入学者の選抜に当たり、主体的に学ぶ姿勢を評価することが求められ、評価の材料として志望理由書や学修計画書を利用しますが、総合型選抜の拡充が予想される中、それらをしっかりと起こせる生徒を育てていくことにも、これまで以上の注力が必要になろうかと思います。
上級学校への進学を志す生徒に限らず、「すべての生徒を目標を持った状態で巣立たせること」は、学校が目指すところであり、学校の教育力を伝える新たなモノサシの一つにもなり得ると思います。
説得力のある志望理由書/学修計画書を起こせるかどうかは、進路意識の形成過程で何を体験し、どんな思考を踏んで来たかにかかります。
出願時になって慌てて起草に取り掛かるのでは、間に合わない可能性が高いばかりか、体験とその中での気づきと思考の記録も手元にありませんので、地に足の着いた(=体験に基づく)ものにはなりにくいかと。
入学から卒業を迎えるまでの期間を通して、その折々に、進路意識形成がどこまで/どのように進んで来たかも確かめておく必要があります。
ポートフォリオに残されたログ、進路希望調査の結果、進路意識形成を確かめるアンケート、面談などを通じて先生方が得た所見などを突き合わせ(=勘とデータを連動させ)ることで、個々の生徒に今必要な指導を洗い出していきましょう。cf. 進路希望を作るまでの活動を確かめる
データは蓄積するだけでなく、活用場面を考えた整備を進めることが大切ですが、データが独り歩きしないよう、生徒の指導に関わるすべての先生方の見立てと照らし合わせながら、上手に活用したいところです。



繰り返しになりますが、新たなチャレンジで目的とするところが変われば、これまでの経験則や勘ではカバーできないところが出てきますし、データが必ずしも正しい方向を示してくれるとは限りません。
自分の目で見た感覚と様々なデータを照らして、その差が解消されるように双方をブラッシュアップしましょう。観察結果とデータの突合せの中には、どちらか一方だけでは得られない貴重な知見が見つかります。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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指導方法の効果測定#INDEXExcerpt: 別稿「勘に頼らず、データに偏り過ぎず」でも書いた通り、新しい学力観に沿って学ばせ方の更新を測る必要がある中、新たに採り入れた手法はきちんと効果を測定し、成果を検証していく必要があります。教育資源の最適配分は学校経営の重要課題ですが、その判断を勘に頼るわけにもいきません。エビデンスに基づいた判断が求められます。
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評価、効果測定・成果検証Excerpt: 1 効果測定を通じた教育資源の最適配分 2 データを用いて理解者と賛同者を増やす 3 指導方法の効果測定 4 データをいかに利用するか 5 組織的授業改善の土台: データを使った効果測定 6 新しい学力観に沿った評価方法 7 変化量に着目して行う学習評価 8 評価法導入のハードルを下げる/効果を高める
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