参照型教材を徹底して使い倒す(その5)

問いを起点に理解の軸を形成、知識拡充はその後で

演習(拡張)期、受験(仕上げ)期を待たずに、導入期のうちに基本事項を網羅的に学ばせることには、前稿までの考察の通り、あまり大きなメリットはなさそうです。
必要な知識を最初に仕込み切ってしまうという戦略には、「教えられたこと」と「覚えたこと」のギャップを拡大し、生徒にゴールを遠くに感じさせてしまうリスクの方が大きいのではないでしょうか。

2015/10/09 公開の記事を再アップデートしました。

❏ やり残しが増えるほどに、やる気は失われがち

もう少し頑張れば終わる/何とかなると思える状態ならば、「もうひと頑張りしてみよう」という気持ちにもなりますが、いくら頑張ってもゴールが近づいてくる気がしないのでは、やる気も維持できません。
導入期に必要な知識を整えさせるという戦略では、そこまでに与えていた(要求量)と生徒がこなせた量(覚えられた量/達成量)のギャップが急激に拡大し、演習期を迎えるときに最大化します。
絵にしてみると、このようなイメージでしょうか。覚える力が獲得途上にあり、記憶のアンカーにも乏しい導入期に課題な負荷は禁物です。


❏ 演習期を迎えてレディネスが整っていないのでは…

上の図では、演習期に入った瞬間に要求量と達成量の差は最大となっています。ここで起きていることには以下が想定されます。

  • 生徒の多くは、覚えきれていないことの多さを自覚しつつも、膨大な積み残しを目の前に取り組む意欲がわかない。
  • 先生は、想定していた前提知識を生徒が備えていないことに、授業を計画通りに進められずに右往左往…

生徒にとっても、先生にとってもハッピーとは言えない状況です。これでは何のために苦労して知識の先行拡充を図らせたかわかりません。
ましてや、生徒の学習時間の大半が「知識を獲得する」ところに投じられていたとしたら、それらを生きて働かせる(=活用する)方法を学ぶ機会の経験も不足しているはず。
演習期に入って「知っているけど使えない」ことの多さに気づき、自信を失うこともあるでしょうし、課題解決を通して身につけておくべきだった「学習方策」の確立も、想定のはるか手前かもしれません。
与えられながらこなせていないものが膨らみ、一定の水準を超えたときに生じるのは「展望の喪失」であり、下手をすると、その科目の学びそのものが「酸っぱい葡萄」になりかねません。

❏ 知識の拡充は、演習期以降の「後半」で加速を図る

生徒は、一つひとつの事柄を記憶することを通し、覚え方を(加えて、別稿でも書いた通り、様々な能力やスキルも)身につけていきます。
既習内容が「記銘のアンカー/想起のトリガー」になるため、学びが進んでからの方が記憶の効率が上がるのは、すでに申し上げた通りです。
また、課題解決を通して理解の軸をしっかり作れば、それが幹や大枝になって、個々の知識という枝葉をつけるのは容易になるはずです。
諦めさせずに学び続ける姿勢を維持していれば、単位時間で覚えられる量は自ずと増えてくるはず。導入期において、「覚えること」に過度なエネルギーを投じることは、決して良策とは言えません。
上図のように、達成量カーブの後半での傾斜を大きくするには、

  • モチベーションを失わせないよう達成感を与え続ける
  • 課題解決を通して、理解の軸をしっかり作っておく

という二つの要件を満たした導入期の指導を展開する必要があります。

❏ 先取り学習でも同じ問題が起こりえる

同様の問題は、数学や英語などの「先取り学習」でも起こり得ます。
受験期を迎えたときに問題演習に当てる時間を多く確保すべく、各単元の学習を速く進めた場合、そのスピードに対応できない生徒は、要求量と達成量のギャップの拡大を押し付けられることになります。
また、速く進むことで、枝葉を繋ぎとめるべき幹や大枝に相当する「理解の軸」が不確かなものになるリスクも抱えます。
生徒が余力を残しているようであっても、先に進むのではなく、あえてそこに立ち止まり、より深く思考させる問いを与えるなど、理解を掘り下げることに時間を費やしても良いのではないでしょうか。

出題研究で見つけた良問に挑ませたり、別アプローチでの解法を考えさせたり、あるいは「拡張型調べ学習」に取り組ませたりと、やるべきこと/やらせてみたいことは山ほどあるはずです。

❏ 学び直しの中でも、参照型教材を有効に活用

単元進行を早くし過ぎた結果(あるいは別の理由で)、既習内容の理解や定着が不十分であることが判明した場合、時計の巻き戻しはできませんが、参照型教材を上手に使った、効率的な学び直しは可能です。
関連する既習単元の復習(学び直し)や、再定着(学びの重ね塗り)を図る場合、先生が改めて教え直すのでは効率的とは言えません。
すでに十分な理解を得ている生徒には退屈な時間、理解していなかった生徒には、短時間の再説明で十分な理解が得られる保証はありません。
問いを投げ掛け/課題を与えることで、生徒自身が教科書やノート、参照型教材に当たりながら、自力で解を導く場面を作りましょう。
答えを導くのに必要なパーツは、手元の教材/ノートにあるはず。該当ページを開けば、関連事項の確認もできます。
受験直前期を迎えるまで、参照型副教材を十分に使い込んでいなかった生徒には、その使い方に習熟させる最後のチャンスかもしれません。
2学期の期末試験を終えれば、先生の目が届くところを離れて、生徒は一人で勉強します。その時になってもなお、「わからないことがあるとそこで学びが止まる」のでは困りものです。

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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