到達目標は適正な水準にあるか~大学編(後編)

前の記事では、大学で行われる授業評価アンケートで、到達目標の設定が適正な水準にない授業でうけた高い評価を鵜呑みにすることのリスクを指摘させていただきました。目標水準の設定が適正かどうかを確かめる仕組を整える必要があります。
既にご紹介した通り、授業の目標を達成できた/できそうかを尋ねる質問と、学習時間を把握する質問とが併存している授業アンケートでは、後者の結果で回答を二分したうえで、前者の回答を捉えなおすクロス集計の手法が考えられます。
これだけでは、正確性に欠ける部分もありますので、ほかにも何か方法がないか考えてみましたが、以下の通り、なかなか難しそうです。

2015/09/29 公開の記事をアップデートしました。

❏ 結果学力の変化(=授業の付加価値)を用いる方法は?

中学や高校での授業評価では、模擬試験などの成績の変化から結果学力の向上に資する授業であるかどうかの判定が可能です。(別項「成績は層別に分けて、変化を見る[生徒を中心に授業を観る(その2]」をご参照ください。)
しかしながら、大学の授業の場合、こうした外部指標は簡単には用意できそうにありません。
定期試験の出題が妥当なものかを検証するにも、高校では、教科・科目の構成が決まっていますので、共通テストや模試の点数と考査成績の相関が有意かどうかを点検するなどの方法(別稿参照)が採れますが、大学の場合、そうした客観指標の設定そのものが容易ではなさそうです。
もしかしたら、評定を決定する際のテストが、学生の現状に合わせるという名目で「易し過ぎる」ものになっているかもしれず、その場合にはテストの結果が信頼できなくなります。
授業の到達目標が本来より低いところに設定されていれば、そこで課されるテストも易し過ぎるというのは十分に考えられることでしょう。
測定項目の構成や難易度といった「テスト自体の妥当性」を検証する仕組みを学内のシステムに組み込めれば良いのでしょうが、科目の多さとそれぞれが目指す目標の多様性を鑑みると、このアプローチは実現に容易ならざるものを覚悟しなければならないように感じます。

❏ ルーブリックやポートフォリオを用いた評価結果は?

また、テストの点数に現れることがら以外の「学力」を測るためのルーブリックやポートフォリオも完全な運用(授業改善へのデータ活用まで含んだもの)には至っていないケースが多いようです。
仮に運用が確立すれば、履修開始時点での行動評価結果と履修終了後のそれとを比べることで、その科目が持った付加価値(=教育成果)を推定することがある程度まで可能でしょう。
しかしながら、こうした非認知型学力を獲得した学生は、科目の境界を越えてほかの場面でもそれを発揮しますから、どの授業での指導で得た効果であるか正確に特定できるかというと、大いに疑問が残ります。
もちろん、ルーブリックやポートフォリオの活用は先送りすることのできない喫緊の課題ですが、策定までこぎつけているのに、日々の授業で十分に活用されていないケースも多そうです。
成績評価の物差しにテストの点数しか用意されていなかったら、討論などにろくに参加しないまま、周囲の学生が導き出した答えを丸覚えしただけの学生(フリーライダー)にも高い評価を与えざるを得ません。
活動に参加していない以上、そこでの獲得が目標であったはずの様々な非認知学力(協働性や主体性、調査と情報整理、表現などを含む「汎用スキル」など)が獲得できたか、保証の限りではないのにです。

❏ 当面は、学習時間の自己申告値に拠るのが2ndベスト

こう考えてくると、結果学力を客観的に測定する指標も、行動評価の仕組みも、到達目標が適正な水準に設定されているかを検証するのに活用できるようになるのは、まだ先のことかと思われます。
少なくとも当座は、学習時間と目標達成のクロス集計を、目標水準の適正度を測るのに利用するのが現実的な落としどころのように思えます。
大学によって入学時点の学力(非認知型を含む)が異なる以上、達成に必要な投資量によって、目標の設定水準の標準とするやり方にも一定の合理性があるはずです。
授業準備や復習に投じる時間が週ごとにばらつくことに加え、自己申告という形式による不正確さがありますが、現状において代替するものはなさそうです。
既に、学習時間の自己申告項目がアンケートに組み込まれる大学が大半かと。とりあえずはこれを利用しておき、より合理的な方法の開発を並行して進めていくのが現実的な判断であるように思います。

❏ そもそも、授業1回あたり2時間以上は無茶な要求か?

この基準に達する学習時間をキープしている学生はそれほど多くないのは、様々な統計からもわかります。
では、すべての授業について「標準」とされる学習時間を確保するのは現実的に可能なのでしょうか。ちょっと試しに計算してみました。
大学設置基準では「一単位の授業科目を四十五時間の学修を必要とする内容をもつて構成すること」が標準とされています。4年間で124単位とすれば、トータルの学習時間は45×124=5,580時間。4で割って1年あたりに換算してみると1,395時間です。
労働基準法では、『原則として、1週間に40時間を超えて労働させてはいけない』そうなので、年間の労働時間の上限は、1年=365日÷7日=52.14週間。40時間×52.14週間=2085.7時間。
如上の1,395時間は、この2,085時間のおよそ7割に相当します。
基準通りにきちんと勉強してもらったところで、労働基準法の規定を大幅に超えることはなさそうです。(もちろん、学費捻出のためのアルバイトの時間を足せば、一部が「超過勤務」になりかねませんが…)
大雑把に過ぎる試算ではありますが、こう考えてみると、授業1回あたり2時間の授業外学習を求めることは、そんなに無茶な話ではないように思えますが、いかがでしょうか。
1年生、2年生のうちはたくさん授業を取るため、基準値を少し低く設定しておき、3年以降はその分、しっかりと(=単位数当たりの学修時間を多めに)学んでもらうという段階性を設けるのも好適かと。
大学生が勉強ばかりではいけないと思いますが、社会人だって毎日働きながら、家族サービスや趣味にもしっかりと時間をかけている人がいます。忙しさの中で時間のやりくりやタスク処理のスキルを獲得する「良い機会」ととらえるのも悪くない気がいたします。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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