生徒の進路希望を調べる場合、調査票を配って、国公立か私立か、理系か文系かなど、現時点での希望を尋ねたり、大学名や学部・学科を挙げさせるのがよく見かけるやり方ですが、不用意な訊き方をすると、選択までの過程に潜んでいる問題を見落とし、後になって思わぬ弊害が生じます。進路希望調査の実施にも「押さえるべきポイント」があります。
2017/04/10 公開の記事をアップデートしました。
❏ 選択の結果を訊くなら、選択のプロセスの前段階も
進路希望の調査票に、具体的な大学名や学部名を生徒が書いていたとしても、それが選択の過程をしっかり踏んで導き出した結果なのか、熟慮せずに思いつくままに書いただけのものか、見極めが必要です。
選択肢に「未決定」を加えても、まだ全然考えていない場合と、考えた末にまだ迷っている場合との区別はつきません。また、決まっていたとしても、そこに込める思いの強さ、本気度にも違いがあります。
具体的な進路希望が出来上がるのは、「大学に進んでどんなことを学んでみたいか、学んだことを通じて社会にどう関わりたいか」という問いに、生徒が自分の答えを明確に持つことができたときです。
問いへの答え(=志望理由)が、根拠のある理由と説得力のあるストーリーを備えるには、少なくとも、
- 興味を持つようになった何らかのきっかけがあった。(体験)
- 興味の周辺を調べたり、掘り下げて考えてみたりした。(探究)
- それらを学べる学部・学科などについて情報を集めた。(進路)
といった「前段階」をきちんと踏んでいる必要がありますが、本人に尋ねてみて、きっかけとなる体験や、探究/進路の具体的な活動をきちんと説明できないようなら、進路意識を形成するプロセスをきちんと辿り直させていく必要があるはずです。(cf. 探究型学習を使った進路指導)
❏ 志望を表明させることで意識を固定してしまうリスク
興味を持つに至ったきっかけも、興味を掘り下げ進路に結び付けていく活動も「まだ全然」という状態で、大学名だけがポンと出てくるのはおかしな話、学部や学科の名前にしても同じことです。
調査票の提出期限が迫って何か書かなければならず、やむを得ず、とりあえず思いついたものを記入してしまっている生徒もいるはずです。
体験に基づき、しっかりと調べ/考えた末に選び出したものであろうと、思いつきで書いたものであろうと、生徒が一度文字にしたものは、何かの形で本人の意識の中に固定されて残ってしまいがちです。
その結果、他にもあるはずの選択肢に意識を向けなくなり、志向や資質にマッチした進路との出会いを遠ざけてしまうことだってあり得ます。
不用意に進路希望を尋ねて、用紙に記入させてしまっては、益がないばかりか、思わぬ弊害が膨らむということです。
大学名や学部名をいつ書かせるか、進路指導計画や探究活動のプログラムに照らして、好適な時期を慎重に探る必要があります。
進路希望調査は、入学年度から出願指導までに幾度か行っておられると思いますが、学部・学科名をちゃんと挙げられるようになるまで、大学名は訊かないようにするのも合理的な判断だと思います。
また、進路希望調査と別に、ある時期以降の模擬試験でも志望校を記入することになりますので、進路意識形成の指導を立案する際は、そのタイミングも見越しておかなければならないのは言うまでもありません。
❏ 伸びている実感に乏しいときに進路希望を訊くと…
志望は、興味や関心、それらを起点に見つけた「社会の中での自分の役割/使命」から生まれますが、他の要因(自分の成績や学びに対する自己効力感、加えて家庭の事情などの諸条件)に制限を受けます。
どこを目指すのか選択を迫られたとき、「手が届きそうだと思える範囲」にしか選択肢をイメージできないのは生徒に限りません。
伸びている実感を欠くとき(努力してない、方法が間違っているなど)に進路の選択を迫られては、正しい努力をきちんと重ねれば届く可能性がある進路を選択肢から外してしまいかねません。
そのような状況で表明した「進路希望」でも、前述の通り、生徒の意識に固定されがちです。「既定」のものと誤認させてしまっては、その先にもっと大きな可能性を改めて見出させるのは容易ではありません。
大事なことは、進路希望調査に備えた指導を通じて、生徒に「伸びていること/伸びる可能性をしっかりと実感」させておくことです。
生徒にとって「これからの努力で自分がどこまで伸びるか」はそうそう見通せるものではなく、自分の可能性を過少に見積ることも多々です。
どこまで伸びるか見立てる好機は、模試や考査の振り返りです。
それまでの勉強への取り組みを振り返り、その誤りを正し、より良い習慣と方法を確立すれば、こちらの予想すら超えて大きく伸び出す生徒がいるのは、先生方も長年の経験の中でご覧になっているはずです。
別稿でも書いた通り、伸びている実感が挑む意欲を支えるという側面もあり、振り返りで学習行動を改めれば、成績も伸び、さらに意欲を膨らませるという循環の中で、生徒の可能性はどんどん大きくなります。
諦めない心は諦めたくないものを見つけた人に宿るもの。自らの可能性を低く見積もった状態で消去法的に選び出した進路には本気で向き合えず、実現に向けた努力も中途半端になりがち。結果的に成績も伸びません。そんな「悪循環」には陥らせないようにしたいものです。
❏ 訊くべき事柄には順序や段階性がある
自分の可能性を見限らせず、視野を広く保たせて、自分の資質や志向にマッチした進路を見つけさせていくには、いきなり希望/志望をダイレクトに訊くのではなく、別の訊き方があるはずです。
まずは、「日々の学習や課題研究などを通じて、何らかの興味を持つこと/持ったことがあるか」が、最初に尋ねるべき質問でしょう。
その上で、「それを起点により深く、あるいは広く調べてみたことがあるか」という問いにYESで応えてくれたら、興味はある程度の具体性を持ち、学びたいという気持ちの本気度も期待して良さそうです。
また、「関連する書籍を読んでみるなど、学問の先端やそれを研究している人や組織について知ろうとした」と答えた生徒は、進路の探究に一歩踏み込んだとみなしても良いかと思います。
こうしたことを、YES/NOや「よくあてはまる~あてはまらない」の尺度で尋ねてみると、進路意識形成のプロセスをどこまで辿っているかどうか、ある程度のあたりがつけられます。
回答の分布をクラスごと、年度を跨いだ学年間で比較してみれば、指導の成果を検証するデータにも使えるはずです。
さらには、探究活動と進路指導でポートフォリオに残すログを点検することで、どれだけの内省を積み上げ、自分の未来に向き合っているかも把握していきましょう。
回答やログだけでは確認できないところは、面談で訊いて掘り下げるべきであるのは言うまでもありません。
#2 「学部・学科調べに、学問探究という入り口を」に続く。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一