教科書をきちんと読ませる

検定教科書の内容を中高生の半数近くが読み取れていない、内容を正確に理解できない可能性がある――この研究結果が発表されたのは、本稿を最初に起こしたときの少し前。かなり大きな話題になりました。
教科書をきちんと読めないということは、眼前の課題を解決するために何かを新たに学ぼうとしても、誰かが教えてくれでもしない限り、必要な知識と理解を自力で形成することができないということ。
21世紀型能力における基礎力(言語、数量、情報の各スキル)を一部でも大きく欠いては、知識と理解を常に更新し続け、それを土台に正しい選択を重ねる(=より良く生きる)ことも難しいはずです。

こうした事態を招いた背景には、日々の教室で「教科書をきちんと読ませる」ことが十分にできていなかったことがあろうかと思います。

❏ 日々の学習の中で、教科書をきちんと読ませているか

学校の教室を訪ねて授業を参観していると、教科書とは別にプリント/ワークシートが用意され、先生が丁寧に説明を重ねながら、その空所を埋めていく場面をよく目にします。
プリントを使っていないケースでも、教科書や副教材、資料などに書かれていることを、先生が解説をしながら板書をして、生徒はそれを一生懸命にノートに書き写しているだけというのも少なくありません。
こうしたやり方(教え方)ばかりでは、生徒は教科書などを自力で通読し、書かれていることを理解する必要に迫られることもなく、そうした力を身に付けるためのトレーニングも行われていないことになります。
実際、生徒の手元を覗いてみると、教科書はずっと机上に閉じられたまま。3学期になっても参照型副教材に使い込まれた形跡が見られなかったりもします。授業以外でも教材を読んでいないということでしょう。
その結果が、冒頭に引用した「中高生の半数近くが検定教科書を正確に理解できない」という事態であれば、丁寧に説明して理解させる従来のアプローチから離れ、学ばせ方の転換を図る必要があるはずです。

❏ 不用意な肩代わりが、読解力を養う機会を生徒から奪う

読解とは、文章などの連続型テキストや、図表などで与えられた非連続型テキストから、必要な情報を拾い上げ、関連付けていくことです。
そのプロセスを生徒自身が体験していく中でしか、読解力は身につきません。先生方が不用意に肩代わりをしないことにこそ留意しましょう。
新しい単元を学ばせるときには、まずは教科書の該当ページを開かせ、生徒にきちんと読ませるところからスタートするのが好適です。
そもそも、教科書は「生徒が読んで理解できる」ように書かれているはず。読めない生徒がいるなら読めるようにさせるべきでしょう。もし読めないまま卒業させたら、後で困るのは生徒本人に他なりません。
生徒が卒業するまでは、丁寧に教えてあげることも、難しいところを肩代わりしてあげることもできますが、卒業と同時に「じゃあ、あとは頑張って」では、生徒も困ってしまいます。
そもそも、やらせてあげなければ、生徒は「自分が読めていない(=読解力がない)」ことすら気づけないかも。鍛錬の必要性にすら気づかずに過ごさせては、一大事ではないでしょうか。

❏ 教科書を読ませるときのアプローチ3つ

教科書を読ませるといっても、ただ「〇〇ページまで読みなさい」と指示をしただけでは、生徒は行に沿って視点を移動させるばかりで、焦点を持った読みにはならず、読解力の向上も大きく期待できません。
有効な(深く考えながら、必要な情報をきちんと集める)読みを促すには、指示の出し方にひと工夫が必要です。
広く用いることができる方法には、以下の3つがあろうかと思います。

読むという活動に取り組ませる前に、「教科書や資料の該当箇所を読んで理解すれば答えられる問い」を提示しておきましょう。
答えを作り上げる必要が、必要な情報を探し、問いが求めるものに編むことを促します。読みにも焦点が生まれ、思考も深まります。
近年の入試では「学習型問題」もよく見かけるようになりましたが、その対策としても効果を上げるのではないでしょうか。

生徒が「教科書を読む」ことに不慣れで、黙読がきちんとできない状態にあるときは、一斉読みでの音読をワンステップ挟むのもお奨めです。
別稿「声に出して教科書を読むことの効能」でも書いた通り、声に出すことで、一字一句に意識を向けることができるのもメリットです。
音読を終えた後に、先生から一問一答式/求答式の問いを投げかけ、読んだ範囲から答えを拾い上げさせるタスクを課せば、重要なポイントの拾い上げもスムーズに進むはずです。

やや高度なタスクになりますが、クラスの生徒の読解力がある程度まで上がってきたら、「読んだ中に問いを立てる」ことを求めましょう。
21世紀型能力の「思考力」を構成する要素に「問題発見力」がありますが、読んだことを鵜呑みにするのではなく、疑問や情報の不足を見つけて、掘り下げていく力も「生きる力」としては重要なはずです。
PISAが測定する「読解力」にも、2018年調査以降、「質と信ぴょう性を評価する」と「矛盾を見つけて対処する」という要素が含まれており、こうしたトレーニングも意識的に積ませていきたいところです。

授業を終えるときに、改めて教科書やノートを見返して、その中に質問を探させる/疑問を見つけることも、学びを深め、広げるには有効な手段ですが、読解力の向上が主眼なら、こうした活動は学ぶ前に配列するのが効果的です。(cf. 質問を引き出す~学びを深め、広げるために

❏ 読んで理解することをあらゆる場面で求める

生徒が読んで理解しなければならないものは、至る所に存在します。それらについても自力で読むことをきちんと求めていきましょう。
イラストで表現されたもの、グラフなどで示されたデータなども、先生方が解説するだけでは、生徒は読む力を自らの内に育めません。
教科書や問題集に掲載されている「解答例」だって、誰かの説明を受けることなく、自力で理解できるようになる必要があるはずです。
また、そうした「知のソース」へのアクセスにも習熟させないと、「与えられたものは理解できても、信頼できるソースに当たり、必要な情報を集め、知に編む」という力は身につきません。
先生方が、日々の知的活動の中で触れているソースには、生徒も頻繁に接触させ、必要なガイドを加えながら、読んで得たものを活用できるように導いていきましょう。
先生方にできることは、生徒もやがてはできるようにならないはず。未来を拓く力は、知を編む力の上にこそ成り立つのだと思います。

❏ 読んで理解できる力を評価する機会も確保

何らかの力を養おうとして指導を展開したら、その効果をきちんと測る(評価する)必要があるのは言うまでもありません。
評価は、生徒一人ひとりのさらなる成長(より良いパフォーマンスへの接近)のための課題を見つける機会であり、先生方の指導がどこまで成果を得ているかを確かめるために行うものです。
一定の期間に亘って「教科書をきちんと読ませる」ことに取り組んだ成果を、定量的に捉える機会を指導計画の中に適切に設けましょう。
前述の「問いを与えて教科書を読ませる」というタスクに対する、正解要件の充足率の変化なども、効果測定の材料になり得るはずです。
定期考査でも、初見のテクストを題材に用いたり、学習型問題の要素を備えた出題を混ぜたりする工夫を、怠らずに重ねたいところです。
教えたことをどれだけ覚えたかを試すだけの出題では、「自力で読み解き、知識を体系づけて、内容を理解する力」は測定できません。
単元で学んだことの体系化に挑ませるタスクの出来栄えからも、情報を集めて知に編む力の獲得を推察できるのではないでしょうか。



読んで理解する力は、必要に応じて知の地平を押し広げていくのに不可欠なもの。時代の変化に合わせて知識をアップデートしていくのにも欠かせません。
そうした力を十分に高めておけば、限られた授業時間を有効に使うことも容易になるはず。計画的、段階的な指導を重ねましょう。
説明すべきところは丁寧に説明すべきですし、プリントでの拡充や整理を否定するものではありませんが、生徒が自力で教科書や資料集、参考書を読んで理解すべき場面を不要に奪わないようにしましょう。
例題などの解説も、基本的には先生は解説せず、生徒自身に読ませて理解させるというケースもありました。わからないところは、周囲で教え合うことでクリアさせた方が、学ぶ力は大きく伸びそうです。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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