大学入試では、一般選抜、学校推薦型選抜、総合型選抜という大枠に加えて様々な入試方式が用意されていますが、本来の目的は「多様な学生で構成する学びのコミュニティ」の創出です。
学力の高い学生、日々の活動に積極的に取り組んできた学生、強い目的意識や使命感を持って入学してきた学生などがバランスよく混在していれば、様々な場面でそれぞれの強みを発揮する学生からの刺激が、他の学生にも届き、コミュニティには好ましい相互啓発が働きます。
中高の教室でも同じです。生徒一人ひとりの学力を伸ばすのは至上命題ですが、そこに止まらず、メタ認知・適応的学習力を伸ばす指導や進路意識・目的意識を高める指導を通じて、多様な生徒(=学力、積極性、使命感など、それぞれの強みを発揮する生徒)が構成するコミュニティを教室の中に作り上げていきたいものです。
2021/10/04 公開の記事をアップデートしました。
❏ それぞれが持つ強みが、互いを刺激し、成長を促す
入試科目のテストの点数など、一つのモノサシだけで合否を決めていると(倍率が低すぎない限り)、測定したことがらの範囲では一定水準が担保できますが、他の領域でも高い能力や資質を持つ者をコミュニティに組み入れられるかどうかは「偶然頼み」です。
全ての領域で似たような能力の学生だけが集まっているのでは、今の自分に足りないものに気づく機会も乏しく、現状に対する漠然とした安心感のようなものがコミュニティを支配し、停滞を生じさせかねません。
もちろん、定員充足のためになりふり構わず、入試多様化に突き進んできた大学も少なくないと思いますが、選抜性を十分に備えた多様な入試を行っている大学には、そうした多様性から生まれる相互啓発が十分に働く、好ましい学びのコミュニティが作られているものと思われます。
ある科目で高い学力を示す学生は、教室の中でも深い考察や鋭い気づきで周囲に刺激を与えるでしょうし、多くの場合、その科目の学び方にも相応のものを身につけており、周囲の範となってくれるはず。
高校までの学びや課外活動などにまじめに取り組み、高い評定を得ていた学校推薦型選抜の通過者は、ものごとへの取り組み方や自身の行動を律する力などで、倣うべきものを示してくれるかもしれません。
強く明確な志望理由をもって入学してきた学生の取り組みや頑張り、その背後にある使命感から、周囲が受ける刺激は小さくありません。ぼんやりとした志望理由しか持たずに入学してきた他の学生が「学ぶことへの自分の理由」を再発見するきっかけにもなり得ます。
こうした様々な強み(学力、勤勉さ、使命感や目的意識など)を持った多様な学生が集まってこそ、互いに足りないものを補い、刺激し合う、好ましい学びのコミュニティが作り出されるのではないでしょうか。
ハーバード大学の学生募集ページにあった “the best educators of one another” は、履修科目固有の知識・技能に関してだけでなく、様々な場面で互いを啓発し合う学生をイメージしていたのだと思います。
❏ 学力向上だけを目指しては、生徒相互の刺激も単調に
さて、前置きが長くなりましたが、大学における「好ましい学びのコミュニティの形成要件」は、中高の教室にも当てはまるはずです。
日々の授業に積極的に取り組み、高成績を挙げている生徒は、その行動と成果で周囲に好ましい影響を与えるでしょうし、教え合い・学び合いや話し合いの場でも活躍してくれるものと思われます。
しかしながら、学力の高い生徒を揃えるだけで「好ましい学びのコミュニティ」が作り出せるわけではありません。
良好な成績の生徒だけが集まっても、生徒間の相互刺激は単調なものになるでしょうし、そもそも単一の価値が支配しているコミュニティでは序列の中で自己効力感を失っていく生徒も出てくるかもしれません。
クラス内のある程度の学力差が、集団としての学びの総量(一人ひとりが実感する学力向上感[≒学習効果]の総和)を増やすことを示すデータ(cf. クラス内で生じた学力・学欲差への対処法 #1)もあります。
探究活動や特色ある教育活動を通して、社会とどんな接点を持ち、どう貢献するかを真剣に考え、答えを見つけつつある生徒や、生徒会活動や学校行事などで、リーダーシップや協働性を高めていく生徒などが混ざってこそ、多様な場面で相互啓発がうまく働くようになるはずです。
❏ 授業、探究、行事などの成果を積み上げる中で
当然ながら、入学者を迎えた時点で、各領域で強みを持つ生徒の「良好なバランス」が整っているとは限りません。偏りがあったり、いずれの領域でも十分な水準になかったりするのも普通です。
様々な指導を重ねながら、それぞれの能力・資質を高めていく中で、多様な生徒で構成される学びのコミュニティを作っていくことが中長期的に取り組むべき指導目標、ということになります。
先生方からの直接的な指導が、すべての生徒の成長に一様の効果をもたらさずとも、ある領域での指導に強く反応した生徒、別のところに上手くはまった生徒がいれば、コミュニティには好ましい(=生徒それぞれが強みを持つ)多様性が生まれ、相互啓発がより強く働くはずです。
進路意識形成を支える指導において「探究活動/総合的な探究の時間」が担う役割は今後、これまでにないくらい大きくなります。
探究活動を進める中で、しっかりと内省を重ね、「上級学校に進んで学びたいこと」を発見し、「学んだことを通じて自分が社会とどんな接点を持つか」をイメージし始める生徒が出てくれば、発表会などを通じて周囲や後輩にも刺激とともに小さからぬエネルギーが届き始めます。
21世紀型能力の「実践力」の構成要素の一つである「持続可能な未来への責任」といった部分で、周囲に好影響を与えるということです。
学校行事(校外学習など)を通じて大きな気づきを得たり、しっかりと内省を深めたりしている生徒も少なくないはず。ポートフォリオに残したリフレクション・ログから好適な記述を選びクラスでシェアすれば、周囲の生徒はそこから大きな刺激を受け取るのではないでしょうか。
❏ 飛び交う刺激を上手に消化させる、先生方の寄り添い
多様性を備えた学びのコミュニティの中では、生徒の間に相互刺激が働き、互いを育てていきます。以下のような生徒の姿は、それまで漫然と学校生活を送っていた生徒にとても大きな刺激を与えそうです。
- 日々の学校生活の中で、しっかり振り返りを行い、次に向けた課題形成を的確に行えている生徒
- 探究活動を通して、明確な志望理由を見つけて自らの進路希望の実現に努力を重ねている生徒
- 特色ある教育活動の中で、社会の中で自分が引き受ける役割を見つけその責任を果たそうとしている生徒
しかしながら、こうした刺激を上手に消化できずに、自己効力感を下げる(自信を失う)など、好ましくない副作用が現れる生徒もいます。
きちんと刺激を消化できない生徒には、日々生徒を見守っている先生との相談が特効薬かもしれません。相談の中で、現状突破への方策に自ら気づくことができた生徒は、新たな一歩を踏み出してくれるはずです。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一
