教科書をコスパよく使う~適切な問いの付与

授業デザインを考えるときに最も重要なのは「どんな問いを立てるか」であると考えます。教科書という「食材」もそのままかじったのでは、美味しく調いません。そもそも、生のままではお腹をこわすかも…
教科書に範囲を設けて適切な問いを立てれば、情報を集め、知に編むのにも軸が持て、調べる/考える/話し合うなどの行動も活性化します。
さらにその「問い」が、生徒にとって自分事、答えを出すべき問題と認識できるものなら、「学ぶことへの自分の理由」も生まれるはずです。

別の言い方をするなら、単元や授業の一つひとつに「適切な問い」さえ立てられれば、教科書から有為な学びが作り出せるということ。逆に、問いなしには、どこから材料を調達して手作りしようとも、生徒にとって「自分事としての学び」は生まれ得ないのではないでしょうか。

❏ 教科書への批判の多くは「使い方の拙さ」によるもの

教科書については、批判的な議論が少なくありません。とりわけ「教科書依存の授業の広がり」に対する批判には根強いものを感じます。
教科書の記述や指導書の流れに沿うだけの授業が多く、書かれていることを「正解」として扱い、生徒の疑問や多様な視点を排除しているとの批判です。問題の根っこにあるのは、「教科書を教える」と「教科書で教える」を対比し、前者を批判していた昔と、何も変わりません。
他方、新しい問題としては、普及が進むデジタル教科書に対する懸念が示され、教育のデジタル先進国では、紙の教科書への回帰が模索されています。cf. 教育のデジタル化~しっかり考え、正しくかじ取り
デジタル技術がサポートする学びは、わかりやすい反面、学習者(生徒が)観ているだけ、聴いているだけになりがちで、「深い学び」になりにくく、定着も進まないとの指摘が聞かれます。(もっとも生身の人間が対面で教えても「わかりやすいだけの授業」では同じでしょうが…)
これらの問題の元凶は、教科書そのものの記述やデジタル教科書が備える機能(動画や誘導)にあるわけではなく、その使い方、端的に言うなら「きちんと問いを立てて学ばせていないこと」にあると考えます。
問いも立てずに、教材の内容理解を目的として扱うことこそが問題のはず。教科書の内容(記述)やデジタル化の是非と、教科書の正しい使い方(学ばせ方)とは、別のもの。問題をしっかり切り分けましょう。

❏ 手作り教材にも同じ問題が付きまとう

この問題は、たとえ、(膨大な時間を投じて)先生方が自前で教材を調え、手作りの授業を作ったとしても、解決されずに残ります。
既成の教科書では、地域に固有の問題(環境や文化に関連するもの)の扱いに不足があるのなら、自前の資料で補充したり、体験学習と教科学習の接続を取ったりといった対応が必要かと思いますが、カリキュラムの中核はあくまでも教科書で提供されるものでしょう。
教材を活かすのは「適切な問い」の設定。これを満たさなければ、手作りの教材も、既成の教科書に向けられたのと同じ批判を免れません。むしろ、教材作りにかかるコスト(手間)の大きさや、教材編集に専門家の協働を組み込めない(個人で作る)ところに問題が生じます。
手作り教材の開発は、必要最小限のところに抑えて、ありものを上手に活用しなければ、先生方のお仕事は増えるばかり、十分な時間と労力を材料の収集と編集に投じられなければ質の担保もできません。
教科書会社の作る教材は、たしかに帯に短し、たすきに長しと感じる部分もあろうかと思いますが、高い専門性を備えた方たちが協議しながら編んだもの。編集意図を深く理解すれば、活かし方も膨らみます。
市場を巡り、こだわりの特選食材を買い込んだ料理は、十分な時間と資金があるときは楽しそうです。でも、時間や資金、食材や調理法に関する知識や技術が足りなければ、楽しいばかりの結果になりません。

❏ 教材作りと、適切な問いのバランスをとる

教材を手作りすると、クラスの生徒によくマッチした授業がデザインできる可能性を否定するものではありませんが、コストパフォーマンスの点では「諸手を挙げて賛成」できることではなさそうです。
各科目の高い専門性を備えた編集者たちが、知恵を出し合って編んだ教科書を上手に使う(鍵はいうまでもなく「適切な問い」)ことを優先する方が、安定的に良質な授業を提供できるのではないでしょうか。
足りない材料は、最小限の資料を用意することになりますが、より大きなエネルギーを投じて考えるべきは、生徒の関心に沿った「問い」の設定であり、その答えを作るのに必要なもの(知識、理解、発想)をどのような学習活動を通して獲得させるか、だと思います。
授業における問いの使い方については、以下の別稿でも様々な角度から考えるところをまとめてきました。お時間の許す時にご高覧ください。

❏ 学びの起点や、学びを落とし込む先としての教科書

問いを軸に設計する学びの中での教科書の位置づけは、学習する内容をしまってある「倉庫」にたとえるべきようなものだけではありません。
学習範囲を概観し、そこから問いを立てて学びを始める起点にもなりますし、学び(調べ、考え、話し合う)を終えたあとに、理解を整理し、落とし込むための整理された区画のような役割も併せ持ちます。

教科書の使い方(授業での活かし方)については、公益財団法人教科書研究センター(外部リンク)もコンテンツを整え、様々な研究成果を発信しているようです。ときには覗いてみるのも良いかもしれません。

❏ デザインした授業の効果はきちんと測定

生徒を巻き込む以上、授業デザインが授業者の思いであらぬ方向に走ってしまわないよう、きちんと効果は測定したいもの。

  • 学びがどれだけ深まったか(問いに対して、どれだけ深い思考を重ね、まとめられているか、記述を採点)
  • 学ぶことへの自分の理由をどれだけ見つけられたか(本時の授業で学んだことは、あなたにとってどんな意味があるか。さらに学んでみたいことが生まれたかを尋ね、言語化させる)

練り上げて授業に持ち込んだ「問い」は、こうした効果測定を行い、その使い方(問いを軸にどのように授業をデザイン=学習活動を配列したか)とともに、学びを経た生徒の成長(初めの答えと、仕上げ直した答えの比較など)を可視化していきましょう。
それぞれの先生方が日々の教室で重ねた工夫が生み出した、「効果的な問い・課題」を、教科内や研修等で出会った他校の先生ともシェアすることができれば、もっと広い範囲に「より良い学び」が生まれます。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一