大学で実施される授業評価アンケートは、学生の学びの質を向上させるための重要な手段の一つです。しかし、アンケート結果が単に公表されるだけで、授業改善に繋がっていないケースも少なくないようです。
授業評価が意味を持ち得るのは、単なる数値の比較に終わらず、教育の質向上に繋がってこそ。本稿では、評価結果が適切に活用されない理由から、その解釈や授業改善に向けて踏むべき手順まで考えてみます。
❏ 授業評価が活かされにくい理由
先ずは「授業評価の結果が十分に活用されない要因」を整理しておく必要があると考えます。そこには大きく分けて、行動(及びその継続)の難しさと被評価者(教員)の意識の問題という2つの視点があります。
集計結果だけを渡されても/本当に改善に繋がってる?
一つ目は、行動の難しさです。例えば、アンケートの結果は単なる平均点の比較ではなく、より深い分析が求められますが、データの適切な加工と解釈には、ある程度の統計的知識や専門的な知見が必要です。
各教科の授業担当の先生方にアンケートの集計結果を渡すだけで、「後はお任せします」では少々乱暴に過ぎるように思います。
分析には、外部の専門家(機関)の支援を受けたり、AIを活用したりするなど、現場の先生の負担抑制と分析精度のバランスを考慮した運用が必要です。(分析へのAI活用は、近く別稿で扱う予定です)
なお、これまでの集計結果分析で得られた知見の一部を「授業評価の結果から」にまとめてあります。分析手法の一例としてご参照ください。
また、授業改善を進める行動には、相応の時間と労力が伴います。改善行動の成果を実感する(手応えを得る)前に「どれほどの意味があるのか」と疑問を感じてしまいがちなのも、行動継続の難しさの一因です。
新たに取り入れた授業改善の工夫が、学生の意識などにどれだけ変化をもたらしたか、効果を簡便/こまめに測定できる「ミニアンケートと結果解析」の仕組みの整備と提供も、大学側が検討すべきことでしょう。
学生の好き嫌いで評価が決まるという、ありがちな「誤解」
二つ目は、評価される側である先生方の「意識の持ちよう」でしょう。
昔から変わらず耳にする意見(?)に、「真剣に学生を育てようとすれば指導は厳しくなって当然。すると学生の気持ちが離れ、評価が下がる」「アンケートの結果は学生の好みに左右される」などがあります。
これらが問題になるのは、質問設計(評価項目の置き方や質問の文言)が十分に練られていないからではないでしょうか。
授業評価アンケートにおける中心質問(解析において目的変数に置くもの)を、「知識・技能の獲得」「気づきの獲得と思考の深化」といった「学びの成果」に焦点を当てたものにした上で、それに有意な寄与が確認される項目に絞って説明変数を構成することが重要です。
また、授業評価が「より良い授業の実現」を目的とし、その課題形成と改善行動の効果測定のためのデータを取るのがアンケートであり、真剣・冷静に答えることの受益者は自分(学生)に外ならないと理解させておくことで、好みや感情に左右されない回答が得やすくなります。
姿勢を言葉で伝えるだけでは学生は得心しないでしょうし、「答えたのに授業は変わらないじゃないか」と感じては見限る学生も出くるでしょう。集計結果や自由記述に真剣に目を通し、授業改善を着実に進めることが、学生との信頼関係(より良い学びの実現に向けた協働関係)を築きます。
❏ 授業評価の結果を活かす、大学のサポート体制
大学側の行動が授業評価の結果を公表するところに止まり、優れた実践の抽出と共有、改善へのサポートなどまで踏み込まないようでは、教員が授業を改善しようと思っても手詰まりになりがちです。
授業評価の結果、指導技術や授業デザインのどこに改善課題を抱えているかは、並んだ数字を凝視していてもわかりません。
まずは、データから優良実践の抽出(所在特定)
アンケートを取りまとめる組織で、解析を行い、目的変数とした最重要項目(上記)への寄与度を算出したり、項目別の集計値分布をグラフにしたりというところまでは、必ず行いたいところです。
寄与度が大きく、自分の授業の評価が相対的に低い項目は、改善の優先順位が高いことは自明ですが、上記2つの解析結果が示されるだけで、優先改善課題の所在(どの項目か)に当たりがつきます。
次のステップは、その項目の改善を進めるのにどうしたら良いかを考え出すことですが、サポートの不十分な大学では「先生方それぞれでお考え下さい」と放置しがち。突き放され他方は途方に暮れます。
全学での集計結果を、上記の組織はデータとして持っていますので、その項目で相対的に高い評価を得ている授業を特定するのは簡単です。
実践を具体的に伝える仕組みと機会を整備
その授業を「優良実践」として学内に公開(教室解放以外に、授業動画のオンライン配信も可能)方法もあり得ますが、90分通して参観するのも大変ですし、何が奏功しているのか読み取れないこともあります。
高い評価を得た先生にヒアリングや質問紙調査で、「この項目で非常に高い評価を得ておられますが、どんな工夫が奏功した結果だと思いますか」と尋ねて、実践を言語化してもらうのがお薦めです。
言語化されたものは学内での共有も効率よく行えますし、それを読んだ他の先生からの質疑もシェアすれば、「先生方の学び」はさらに深化・拡大します。
また、実践の発信をしてくださった先生も、自分の取り組みを可視化・客体化する過程で、発想の整理や拡充の機会を得ることも少なくありません。ご本人にとっても有為な体験ということです。
既に高い評価を得ていた他の先生方にとっても、自分とは異なる手法を知ることで、さらに進化した指導法を編み出していくこともあろうかと思います。(優れた実践にも手札は様々、組み合わせて更なる進化)
学外からも持ち込める「一般的な授業改善策」が、自学の学生が備える学習者特性にマッチする保証はありません。学内に既に存在する優れた実践の方が親和性が高く、より確実な効果が期待できます。
例えばTAの運用など、授業技術以外の運用ノウハウでも
授業技術以外のところでも、実践共有からは有意な知見が得られます。
例えば、ティーチング・アシスタント(TA)の導入後、アンケートの結果で「学びの成果の拡張」が推定されたクラスがある一方、別のクラスでは平均学習時間の減少、調査等の意欲低下が観測されたりします。
調べてみると、前者のクラスでは、学生からの質問や相談に対し、安易に答えを示して対応を終えるのではなく、学習を深める方向で対応するように、教授が方針を打ち出してTAに周知していました。
こうした方針の打ち出しをせず、TAに任せると「親切な対応」を取り違え、答えを先回りして教えてしまうことで、学生が自ら調べ、考え、まとめる場を奪ってしまえば、その姿勢と能力は育ちません。
❏ 前回の結果に基づく、改善行動の測定も確実に
授業評価アンケートの集計結果が揃ったタイミングで「次回に向けた改善計画」を先生方に起こしてもらっているケースは少なくありません。
しかし、そこで起こした「計画」がきちんと実行されたか、効果を得たかの検証は、必ずしも十分とは言えないようにお見受けします。
履行検証も達成検証も行わないのでは、せっかくの振り返りも「やりっぱなし」。実行ミスと作戦ミスの切り分けもできず、改善計画が妥当で合理的なものであったか、評価もできず、同じ轍を踏みかねません。
学生に対して「振り返り」を行わせるときと同様に、振り返りを通じて設定した次回の目標に照らした達成検証と、改善行動そのものへの評価が重要です。「授業改善シート」などの名称で用意しているフォーマットが、これらの記載を求めるものになっていることも、継続的な授業改善に向けたPDCAを着実なものにするための前提条件の一つです。
■ご参考記事:
- 優良実践の共有~授業評価の結果を活かして(全3編)
- 授業評価の結果に基づく「改善行動の効果検証」
- 実践共有は、学習効果への寄与が大きい項目に焦点化して
- 授業改善行動の実効性を高めるために(全3編+2)
授業評価に限らず、あらゆる「評価」は「成長」のために行うもの。この前提の上に立ち、大学がデータ分析や成功事例の共有のサポートを行うとともに、授業者も評価を前向きに捉え、実践を積み重ねる必要があります。評価をより良い学びに繋げるために、各々の立場でできることを考え、行動していきましょう。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一