次期学習指導要領に向けて~教育へのAI利活用

昨年12月25日に中教審で、学習指導要領の改訂に向けた検討が諮問されました。検討課題のひとつが「生成AIの発展などを踏まえた、知識の集積だけではない、深い意味の理解を促す学びのあり方」です。
翌26日に公開された「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン」(外部リンクでPDFが開きます)の内容も併せて、これからの学ばせ方の方向性を探ってみたいと思います。

❏ ガイドラインの内容は、次期学習指導要領の方向性

諮問と前後して公開されたガイドラインですから、次期学習指導要領の検討に際し、そこに書かれていることは土台になっていくはずです。
現行課程の検討でも、その土台には国立教育政策研究所による「求められる資質・能力の枠組み試案(21世紀型能力)」がありました。
ガイドラインの冒頭には、「資質・能力の育成に向けた生成AIの利活用」として以下のような記述が見つかります。(p.3より一部抜粋)


押さえておくべきは以下の3点かと。基本的な方向に現行課程と変わるところはなく、社会の変化に合わせた「調整」が掛かるくらいです。

  • 学力の三要素(「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」)は、これからの時代でも必要な資質・能力であり、その育成は生成AIが急速に進化した社会でも重要。
  • デジタル時代だからこそ、学ぶことの意義を深く理解すること、個々の情報の意味を理解し、問題の本質を問うこと、個別知識の単なる集積ではない深い意味理解を促すことが求められる。
  • 学校での生成AI利活用は、AI時代を生きる子供らがテクノロジーをツールとして使いこなし、才能を開花させるためには不可欠。

なお、この「ガイドライン」は、学校現場が混乱や不安なしに生成AIを適切に利活用できることを目的に起草したとのこと。この手のものとしてはコンパクト(30ページほど)で、参考資料も有用なもの(以下はその一例)が揃っており、一度は目を通しておきたいところです。

生成AIパイロット校における先行取組事例


❏ 正しい利活用に向かうための学びには3つのフェイズ

生成AIなどの新しいテクノロジーを使いこなすことがこれからの社会をより良く生きるための条件であることに疑いの余地はありません。
技術の進歩で「できること」が増えているのに、それに抗ってみたところで、産業革命の下で機械化を拒むのと同じことかと思われます。
AIを活用して個別化・最適化の調整が行われた高品質な学びを提供できる学校と、そうでない学校ではその教育力に雲泥の差が生じます。
状況は2022年10月を境に既に変わりました。次期学習指導要領の具体像が見えてくるのを待たずに動き出しましょう。
どんなツールでも正しい利活用の「前提」には、3つのフェイズ(それ自体を学ぶ、使い方を学ぶ、学んだことを使ってみる[応用の方法を学ぶ])を踏んでいくことが必要です。
上記のガイドラインでも、具体的な利活用場面(p.17)を以下のように分類しています。それぞれの場面を指導計画の中に効果的に組み込み、カレンダーに落とし込めるかが問われることになっていくはずです。

  • 生成AI自体を学ぶ場面(AIの仕組み、利便性・リスク、留意点)
  • 使い方を学ぶ場面(より良い回答を引き出すための生成AIとの対話スキル、ファクトチェックの方法等)
  • 各教科等の学びにおいて積極的に用いる場面(問題を発見し、課題を設定する場面、自分の考えを形成する場面、異なる考えを整理、比較し、深める場面等での利活用)

実際に使ってみる場面を作らなければ、ツールの使い方は身につきません。何らかの能力・資質を獲得させようとするなら、それらを発揮する場を作ることが先決。それなしには指導も評価も行えないはずです。
なお、2番目の「使い方を学ぶフェイズ」では、各教科の学びの中で生徒の内に育っている(はずの)論理的思考と批判的思考がベースになるため、第3フェイズと行き来しながらの学びを設計していきましょう。
3番目のフェイズでは、何かに対する疑問や要求を持ったときに、自分で答えを考え出す前に、まずは生成AI(大規模言語モデル)にその疑問や要求をぶつけてみることを習慣化していくことになりそうです。着眼点を設けたり、プロンプトを起こすアシストもAIがしてくれます。

❏ 先生方も、まずはご自身でどんどん使ってみる

生徒に「使い方」などを学ばせるには、先生方も「ある程度」のところまでは、生成AIを知り、その利活用に慣れておく必要があります。
新しいことを学ばなければならないと考えると負担ですが、校務の効率化のために、周囲の先生方(特にこの手のことに明るく、積極的に活用している方)に倣いながら、試していく中でも習熟は進みます。
GPTsを自力で開発できる知識とスキルがあれば一番でしょうが、そこまで行き着くのはなかなか大変。でも、新しいツールを自分の必要に応じて活用するだけなら、ハードルはそこまで高くありません。
市場には様々な立場の人が開発し、提供しているものが多数(初期公開でも数百万!)ある上、自校の業務に特化したものも校内の誰かが既に作り出しているかも。その所在を知り、利用すればよいだけです。
普段使っているスマホのアプリだって、自力で開発できたり、仕組みを深い所で理解できていなかったりしても、それらを上手に使って仕事を効率化させてこられたのではないでしょうか。
ビビッて立ち止まっていることが、最大のリスク。新しい技術が「しなければならないことを増やす」のではなく、「やらなければならないことを効率よくこなせるようになるだけ」と考えたいところです。
本節の冒頭で「ある程度」と書きましたが、学習の場面での「生徒の使い方」は、先生方が教えるまでもなく、生徒たちが自力で/知恵を出し合い、どんどん工夫を重ねていきます。先生方が「先導」できるところは元々大きくはありません。生徒に任せ、教わりながらで十分です。
タブレットPCが初めて教室に入り込んだ「導入初期」にも同じことが起きたはずです。先生方が何でも知っていて、それを教えるという発想自体が、通用しない時代になっているのだと思います。

❏ 生徒との関係性の中での評価とフィードバックに注力

AIができること(任せた方が効率的で、高い質が期待できるところ)を「わが領分」と肩ひじを張って守ってみても徒労に終わります。
むしろ「人にしかできない仕事」にエネルギーを集中していくのが健全であり、その一つは「評価とフィードバック」ではないでしょうか。
問いを与えて答えがあっているかどうかを判定したり、誤答の内容に応じて次に与える課題を選ぶようなことは、膨大なデータベースを背後に持つAIの方が既に勝っているかもしれませんが、生徒の心を揺さぶる表現と方法でフィードバックを与えるのは「人」の仕事です。
生徒一人ひとりが持つ背景(環境)や、過去の学習の記録などに加え、こちらが発した言葉への反応を、表情や「間」(その出方は個々の生徒や場面で異なるはず)から読み取って、次の言葉を選んで、紡ぎ出すのは「互いをよく知る関係性」の中でしかできないことだと思います。
また、指導を通して得た気づきを言語化して評価の基準に調えたり、それを絶えず改善していくことにも、これまで以上の注力が必要です。
学習の結果としてのアウトプット(答えなど)だけでは学習の評価はできません。生徒が課題に取り組む過程を観察し、過程と結果を関係付けながら、一人ひとりの学習者を理解していく必要があるはずです。
評価基準の適用(判定)はAIにもできる(むしろ正確で効率的?)でしょうが、指導方針や指導目標に照らして評価基準の妥当性や重みづけを「判断」するのは、あくまでも人が責任を持って行うべき仕事です。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一