指導計画が設計通りの性能を発揮するには、計画自体が合理的で実行可能なものであり、且つ、計画を実行する現場の先生方が知識とスキルを備えていることが大前提ですが、指導の対象となる生徒が備える学びのレディネス(知識・理解や技能、土台となる経験[学習履歴]の有無など)が、計画を立案したときの想定と違っていないことも重要です。
2017/12/15 公開の記事をアップデートしました。
❏ 対象者の正しい理解が指導を選択するときの大前提
新課程への移行を機に、「新しい学力観に沿った学ばせ方」への転換を図る必要があるのは言うまでもありませんが、学ぶ主体である生徒がどんなものを身につけているかを把握せずに、学ばせる手順ばかり考えてもミスマッチのリスクが避けられません。
入学してくる生徒がこれまでにどんな学び方をしてどんな能力やスキルを身につけているかを知らないことには、既に経験して身につけたことを無駄に重ねさせたり、前提を欠いたことに挑ませたりしかねません。
貴重な3年間/6年間の指導の中に、無駄な部分を作る余裕はありません。退屈させたり、無理難題に挫けさせたりすることのないよう、入念な状況把握とそれに基づく指導計画のアレンジが必要です。
❏ 小・中学校の授業も以前とは違うものに
高大接続改革から新課程への移行という流れの中で、大きく変化してきているのは、高校の教育活動だけではありません。
小学校や中学校でも既に新しい意欲的な取り組みが始まっています。教室を覗いてみると、10年前の教室とはずいぶん違った様子に驚かされることがしばしばです。
以前なら考えられないような学びを経験してきていますし、意欲的な先生方の指導を受けてきた生徒が身につけているものは、能力・資質、学習観なども含めて、ほんの数年の間に大きく変化しています。
一方で、小中学校でも旧態依然とした授業が行われていることもあり、出身校の違いによる差も小さくないはずです。
入学してくる生徒がどんなことができるようになっているのか、学習活動に取り組む様子やそこでのパフォーマンスをしっかり観察して個々に状況を把握しないことには、指導計画は「絵に描いた餅」です。
生徒の学習履歴やそこで獲得してきたものを、一度にすべて把握するのは無理ですが、生活・学習・進路の各指導において、新たなフェイズに入るときには、計画立案時に想定した「前提要件」を生徒がどこまで満たしているか観察する機会を確保したいところです。
当然ながら、観察した結果に基づき、指導の計画を修正する必要もありますので、がちがちに固めた修正余地の少ない計画は却って危険です。ある程度の「ふり幅」が持てる計画にしておくことも肝要です。
❏ 学力と学び方を把握する機会を逃さない
学び方については、別稿「授業開き/オリエンテーション」でご紹介した模擬授業や予習のシミュレーションを上手に使って、生徒がどんな学習方策を獲得しているか、しっかり観察しましょう。
既習内容の定着度や思考力といった「結果学力」は、合格者の入試答案をじっくり点検することでかなりのところまで把握ができるはずです。
合格発表までの限られた時間の中では、じっくり答案を眺める余裕はないでしょうが、採点作業にあたり、設問毎の正答率や誤答の分布などに意識を向けているかどうかで読み取れるものが大きく違います。
合否の発表を終えてから新入生を迎えるまでの間には、入学手続きを済ませた生徒の答案を抽出して、精緻に答案に目を通しましょう。
もし、入試が測定できていない学力要素があれば、入学前の課題としたレポートなども評価材料として活用しましょう。入学前課題は学びの先取りや補完ではなく、学習者としての生徒理解を目的とすべきです。
新課程に備えて、自校の入試問題も新たな学力観に沿ったものに更新されている「はず」ですから、答案には生徒を理解するための材料が豊富に揃っている「はず」です。
これらの「はず」が満たされていないなら、入試問題の見直しも喫緊の課題です。入試を変えて「求める学力/学習者像」を示し、それに応じた力を入学までに身につけてもらうことにも大きな意味があります。
答案の採点は、入学してくる生徒との対話です。そこから読み取れたものは入学後の指導にしっかりと活かしたいものです。
❏ 進路指導や探究活動も、入学者の体験を踏まえて
前段は、教科学習指導についてですが、進路指導でも「個々の生徒が経験してきたもの、そこで備えたレディネス」の確認は欠かせません。
キャリア教育に力を入れている中学校も多く、社会への関わり方を考えたり自分の未来と向き合ったりする経験をしてきた生徒も以前より多くなっているはずです。
こうした中学校までの学びの経験をよく知った上で策定されるべきものが高校での進路指導計画(進路意識を形成する指導→進路希望を実現する指導という流れ)ですが、出身校などによる違いがある以上、入学者が決定したあとの「計画のアレンジ」も不可欠です。
中学で既に体験したのと同じものを繰り返すだけでは、(重ね塗りの効果はあるかもしれませんが)学びは先に進みません。段飛ばしで前提を欠いたチャレンジを用意しては、躓きを作るばかりです。
新課程で本格的に始まる「総合的な探究の時間」も、中学校の「総合的な学習の時間」での経験と成果を把握しないことには、高校で何を積み上げさせるか、正しい選択ができません。
■ 中学での経験を踏まえて考える「高校での探究活動」
総合型選抜の定員増などもあり、志望理由書をきちんと書ける状態まで導くことの重要性はますます大きくなる中で、進路意識形成やその重要な舞台である探究活動・進路指導に「無駄」や「躓きの要因」を残しておくわけにはいきません。
出願時に提出された調査書から読み取れるところには限りがありますので、入学の前後のタイミングで、進路/キャリア、総合でどんな学びを経験してきたか、そこで何を考えたか、アンケートなどで調べた上で、その後の面談で詳しく話を聞いておきましょう。
当然のことながら、そこで把握したことは、それぞれの指導の計画作り/実行を担当する先生方との間で共有する必要があります。
❏ 指導の成果を確かなものに~新入生を迎えるとき
教育改革の流れの中で、学校が新たに採り入れることにしたプログラムが、入学生の多くが既に体験している(重ね塗りにしかならない)ことだって少なくありません。
個々の指導場面において導入フェイズで確認するのでは、想定が大きくずれていた場合に指導案の変更が間に合わず、後手を踏み「後の祭り」という事態も想定されます。
コースを新設した、選抜方式を変えた、入試の倍率が大きく増減したといったケースでも、生徒の実態は想定と大きく違ってきがちです。
生徒が何を経験し、何ができるようになっているかは、先生たちの経験則での「想像」ではなく、きちんとした調査で把握すべきと考えます。
当然のことながら、新たに採り入れることには、指導に当たる先生方が知見やスキルを十分に備えている必要がありますので、「指導の成果を確かなものに」するには研修やトレーニングの機会確保も不可欠です。
合格通知を出したということは「卒業までの学びに学校が責任を持つ」と約束したということ。約束を違えることのないよう、しっかりと準備を整えて、新入生を迎え入れましょう。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一