学んでいることの有用性に気づかせる

勉強は「役に立つからする」「役に立たないからしない」というものではありませんが、それでも「学んでいることが何かの役に立ちそうだ」と思えれば、身の入り方が変わってくることも確かです。手元のデータもそれを裏付けています。
履修の途中(あるいは入り口)にいる生徒や学生にとって、学びを進めた先にどんな利益や活用の場面があるかは、容易には想像できないはずです。解くべき課題で「何のために学んでいるか」を伝えるなど、学んでいることの有用性に気づかせる何らかの仕掛けが必要だと思います。

2018/03/22 公開の記事を再アップデートしました。

❏ 学んでいることの有用性に気づけば学習姿勢が改善

下図は、授業評価アンケートの集計結果で作成したものです。「学習している内容が今後の役に立つ」かを尋ねる質問への回答毎に分け、興味関心の向上を示唆する【授業に臨む姿勢】【質問調査努力】【平均学習時間】の各項目の換算得点がどう変化するかを探ってみました。


結論から言うと、「学習している内容が今後の役に立つ」との認識を強くもつ生徒や学生ほど、いずれの項目でも肯定的な回答が多くを占める傾向が確認できました。
学んでいることの有用性に気づかない限り、授業に臨む姿勢、質問調査努力、平均学習時間のいずれも改善に向かわないということです。
なお、平均学習時間は「授業1回あたりの予復習に当てる時間」を尋ねて、{60分以上、30分以上、15分以上、15分未満、まったくしない}の5択で答えてもらい、回答を5点~1点に換算して得点化しました。

❏ 取り組みへの自己認識と実際の行動にもギャップが

上のグラフを見ると、授業に臨む姿勢(真面目に授業に取り組んだ)と質問調査努力(不明解消に自ら努力した)は互いに近い値です。実際に相関係数を算出してみても、0.5を超える水準にありました。
しかしながら、詳しく調べてみると、学習内容の有用性を認識しているかどうかで両者の間にギャップがあることもわかります。
下図は、横軸に【授業に臨む姿勢】、縦軸に【質問調査努力】を置いて作成したものですが、前者に同じ答えを選んでいても、後者への回答は学習内容の有用性への認識でかなり大きな違いを見せています。


科目の学習内容が将来の役にたつ場面を明確に認識できていない場合、授業中は真面目に講義を聞くし、言われたこと(宿題など)にも取り組むが、わからないところがあっても特に何もしないし、その先の学びに自発的に踏み込むことはない、という状況がデータから読み取れます。
学んでいることが役に立つと思えるからこそ、不明があればそれを解消しなければならないという意識が生まれ、不明解消への具体的な行動が促されると考えれば、如上のデータにも一定の説明がつきます。

❏ 必要性や有用な場面をいくら力説してみたところで…

問題は「どうやって学習内容の有用性を生徒に認識させるか」です。
将来の希望は生徒によって様々ですから、ある職業や活動に興味がある生徒には役立つと思えることを力説してみても、他の生徒には他人事。自分にとって役立つ場面が想定できないのも当然です。
「入試に出るから大事」というロジックでは、その科目を受験に使わない生徒には「やっぱり要らないんだ」という結論が落ちでしょう。
ある程度まで学び進め、全体像や他領域との関りを知るようになれば、生徒が「なぜこの科目を学ぶ必要があるか」という問いに自分なりの答えを作ることもできるでしょうが、学びの入り口に立っているに過ぎない生徒や学生にそれを求めるのは無理というものです。

❏ 学ばせたことを活用して解決する課題を用意する

授業で学んだことを用いて、身近な問題や社会が解決に取り組んでいる課題を考えさせる機会を設ければ、学習内容の有用性にひとつずつ気づかせていくこともできるはずです。

そうした課題を学習者が自ら設定するのは容易ではないはず。先生が適切な課題を用意して教室に持ち込む必要があります。
専門教養を駆使してアンテナを高く張り、日々の生活の中で耳目に触れる物事/ニュースとご自身が教室で教えていることとの接点を探ることで、生徒に提示したい課題を探しましょう。
先日お会いした先生は、「そのような課題を必死に準備する中で、いま自分が教えていることがどんな価値を持つのかを改めて知ることができた」「学ばせることへの意欲が増した」と仰っておられました。
同僚の先生方と一緒に取り組む中では、各々が見つけ出した好適な課題をシェアすることもでき、その使い方のブラッシュアップにも知恵を出し合え、授業改善は大きく加速するのではないでしょうか。

❏ 学習型問題の要素を取り入れると課題設定が容易に

基礎的なことを学んでいる途中では、ものごとを考えるときに組み合わせるべき他のパーツ(知識や理解)をまだ手に入れていないこともしばしばで、具体的な課題を設定しにくいところもあろうかと思います。
そんな場面での授業デザインに採り入れたい発想は、高大接続改革以降の入試で出題の増加が見て取れる「学習型問題」の考え方です。
まだ教えて/学ばせていないことでも、その場で扱おうとしている課題の解決に必要な知識や理解を、資料を与えて読ませる中で獲得を図らせても良いのではないでしょうか。
自力で読んで理解したことに基づいて考え、その結果を他者の理解と共感を得るように表現する力は、新課程が求める学力でもあります。そうした力を獲得するためのトレーニングの場を整えるにも、学習型問題に教室の内外で挑む機会は積極的に作り出したいところです。
不明を解消したり、必要な情報を集めて知識に編んだりする方法を、そうした実地のトレーニングで身につけさせ、その楽しさを学ばせることは、別稿で取り上げた「興味関心と自ら学ぶ姿勢とのギャップ」の解消にも大きく寄与するはずです。



高校までに学ぶことはすべて、偏りや穴のない「認知の網」を広く張るのに必要なことです。学習内容の有用性を実感できないことで学びから遠ざからせてしまっては、認知の網に大きな穴や偏りを作ります。
一見すると役立つ場面が想定できない学習内容も、その先どこに繋がっていくかわかりません。想像もつかないところで、他領域の成果と結びつき、ブレイクスルーを起こす可能性は至るところに存在します。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一