散布図中の位置で探る改善課題[活用機会×学習効果]

昨日の記事でお伝えした通り、「授業を受けて獲得した知識や理解を用いて、問いに解を導いたり様々な課題に解決方法を考えたりする機会」をどれだけ整えたかは、生徒の認識にある「授業を受けての学力向上/自分の進歩の実感」を大きく左右します。
下図は、横軸に【活用機会】の得点を、縦軸に【学習効果】の得点を配して作成した散布図です。各得点は、下表の方式で5択(とてもそう思う~そう思わない)の回答選択率に基づいて算出した結果です。
【活用機会】習ったことを使ってみる機会が整えられている

【学習効果】授業を受けて、学力の向上や自分の進歩を実感できる

多くの授業は近似線のそばに分布しており、「習ったことを使ってみる機会」を整えることで、「授業を受けて、学力の向上や自分の進歩を実感できる」と答える生徒を増やすことが期待できるとのデータです。
散布図と重ねたヒストグラムでは学習効果の得点(縦軸)で上位4分の1に含まれる「優良実践」に含まれる授業の度数を濃いグレーで表示してありますが、見ての通り、活用機会の得点分布の中でも上の方をがっちりと占めています。
なお、アンケートに答える生徒の中に、「習ったことを使ってみる」という文言の意味をしっかり理解できない生徒が居たとしたら、これまでの授業の中で「知識・理解」に「獲得する」と「活用する」という2つの動詞を組み合わせて生徒に話をする機会が不足していたのかも…。

❏ 授業のわかりやすさを凌ぐ強い影響力

学習効果を目的変数とする単相関では、活用機会よりも、「指示や説明のわかりやすさ」や「学習目標の理解」などの他項目の方が大きい値を示すこともしばしばですが、他の変数からの影響を取り除いて算出する偏相関係数や、偏回帰係数のt値(有意性を示す指標)では、活用機会が他を大きく引き離す大きな値を示します。
獲得した知識を活用する機会として用意した問いや課題を導入フェイズで示せば、学習目標を生徒自身が達成検証できる形で表現できますし、学び終えてからその問いや課題に立ち戻り、じっくりと答えを仕上げようとする中で学びは深く確かなのもになります。
なお、上のグラフで座標面を分けている縦軸・横軸の75点というのは、各質問に対して肯定的な回答が占める割合が9割前後となる水準です。
学力向上感は、生徒に科目への自己効力感を抱かせ、興味や関心を持たせる重要なファクターですので、質問項目【学習効果】でできるだけ多くの生徒にYESと答えてもらいたいところです。
様々な事情がありますので肯定的な回答を100%にするのは難しいかもしれませんが、なんとか工夫を重ねて90%は実現したい。そう考えて、この75点を基準としています。

❏ 散布図中の位置取りから授業改善の課題を探る

ご自身が担当される授業が、第三象限{活用機会<75、学習効果<75}に位置する場合は、授業で獲得した知識や理解を活用する機会を「解くべき課題」の形で用意することが先決、ということになります。
座標面を右に移動すれば、近似線に沿って上方向への移動も期待できますので、第一象限に位置を移すことができるはずです。
しかしながら、グラフを見ての通り、近似線から上下方向にかなり大きく離れた授業も少なくありません。近似線との距離を統計では「残差」と呼びますが、残差を大きくしている要因を特定して、その解消を図ることも重要です。
説明が分かりにくい、難易度の設定が不適などの「ボトルネック」がほかに潜んでいることも少なくありませんが、最初に疑ってみるべきは、知識活用の機会として用意した問いや課題の使い方そのものです。

・第四象限に位置する場合

第四象限{活用機会≧75、学習効果<75}に位置する授業では、「習ったことを使ってみる機会」としての解くべき課題や答えを導くべき問いはすでに用意されていることになりますが、近似線からの距離(残差)が大きいということは、用意した課題や問いの使い方に改善の余地があると考えられます。
せっかく用意した問いも、有効に活用しないことには深く確かな学びの実現に寄与しません。以下の2点で日々の授業を振り返りましょう。

  1. ターゲット設問を導入フェイズで示すことで学習目標の理解に役立てているか
  2. 学び終えてから改めて課題にじっくり取り組み、定着や理解の深化が図られているか

学び終えてから問いを示しても、学んでいる間に「何をめざして学んでいるのか」を認識しているとは限りませんし、教えられたり、話し合ったりする中で何となくわかったつもりであっても、課題にじっくり取り組んでしっかり答えを仕上げてみないと、思わぬところに不明が残っていることが少なくありません。
また、学びの途中での対話(気づきの交換)が足りなかったり、解法を考え出していく工程を先生が肩代わりしてしまい、生徒自身が経験できていなかったりすることも、マイナスの残差の原因になり得ます。

・第二象限に位置する場合

一方、第二象限{活用機会<75、学習効果≧75}に位置する場合、現状においては何ら問題はないと思いますが、高大接続改革を経て思考力や判断力がこれまで以上に重視されるのに備え、今のうちから第一象限に位置取りを変えておくのが好適です。
新テストの試行問題を見ても、「正解は何か」を尋ねる従来からの問題に加えて、

「この点を明らかにするにはどんな資料に当たれば良いか」

「この問いに決着をつけるにはどんなアプローチがあるか」

といった、問題解決へのプロセス(学びの工程)に焦点を当て、思考した結果を言語化させるタイプの問題も登場してきます。
となれば、そのトレーニングを中高の学びの中で積んでおく必要があるのは明らか。教室の中に「課題解決に手持ちの道具(知識、理解、発想)で挑む場面」をどれだけ作っているかが、進路希望を実現できるかどうかを分けることになりそうです。
思考を発動させるのは「問い」であり、学びを深めるための対話も「協働で解を作るべき課題」があってこそ活性化します。



本日の記事は、生徒による授業評価アンケートで、【活用機会】と【学習効果】のスコアが手元にあることを前提に起草しています。
学校全体で授業評価アンケートを行っていない、あるいは実施していても如上の質問文を設けていない場合は、ご担当クラスを対象にミニアンケートを行て各スコアを算出し、上の散布図に照らして座標面の中での位置取りを確かめてから、改めて本文をお読みいただければ幸甚です。
如上の質問文に、{A非常によくあてはまる、Bよくあてはまる、Cどちらかといえばあてはまる、Dあまりあてはまらない、Eあてはまらない}の選択肢を添えてアンケートを作り、生徒に答えてもらえば、集計に多少の手間はかかるかもしれませんが、グラフの横軸・縦軸に配する得点を算出することができるはずです。
如上の項目別スコアがデータとして手元にないと、こうした分析に基づく改善課題の形成ができず、授業改善は暗中模索に陥ります。データをきちんと活用し、先行研究で得られた知見も参考にしつつ、成功の確率の高い道筋を見つけていきたいものです。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一