不要な苦手意識を抱かせない(後編)

ある科目に苦手意識を持てば、学び続ける意欲を持ちにくくなりますので、その先に生まれるかもしれない「新たな興味」と出会う可能性が失われていくばかりです。
もしかしたら、その興味が広がり、深まった先に自分の適性や資質とマッチした将来が開ける可能性があるのに、不要な苦手意識を持たせたりそのままにしては、拓けるはずの未来を狭めてしまっているかも…。
誰しも何かに苦手意識を持つものだと思いますが、もし工夫次第で苦手意識を抱かせずに済むならそれに越したことはありません。前稿に引き続き、苦手意識の抑止策について考えてみます。

2018/01/16 公開の記事をアップデートしました。

❏ 苦手意識を抑制するのは活動性と学力向上感

授業評価アンケートにおいて、その科目が得意か苦手かを尋ねた項目への回答を目的変数とする重回帰分析では、他の9項目のうち有意な正の偏回帰係数が得られたのは、授業内活動と学習効果の2項目です。

授業内活動討論や練習、作業などの活動を通じて充足感を得ることは、{Aとてもある~Eまったくない}
学習効果この授業を受けて、学力の向上や自分の進歩を、{Aとても実感できる~Eまったく実感できない}


この2項目への回答ごとに意識姿勢の集計値を算出してみると、下図のような結果になります。


授業内活動では、対話的な学びの機会を整え、「Bそう思う」と「Cどちらかと言えばそう思う」が拮抗するくらいの評価が得られれば、意識姿勢をプラス(得意寄り)に保てることになります。
活動性を高めることが苦手意識の抑制に有為に働くのは、別稿のデータでもお示しした通りです。
生徒同士の教え合い・話し合いで不明が解消されたり、気づきの交換で課題解決への発想が膨らんだりする効果に加え、活動性の高い授業を展開していれば、低活動から苦手が膨らむスパイラルも断ち切れます。
 苦手→やらない→できない→さらに苦手[NG]

 得意→やってみる→できた→さらに得意[OK]

❏ 苦手が優位なクラスでも学力向上は実感できる

一方、学習効果では、学習目標を正しく認識させた上で、理解したことをもとに課題を解決する場を設けることで一定の評価が得られますが、こちらは「Bそう思う」以上をキープする必要がありそうです。
学力向上感が苦手意識を抑えると言われても、「苦手意識が優位だと学力向上は実感させにくい」との直観からジレンマを感じるかもしれませんが、データを見る限り、その直観には修正が必要のようです。
下図は、授業別集計値をベースに、横軸に意識姿勢、縦軸に学習効果それぞれの換算得点を置いて作成した散布図です。両者の相関は 0.436 に過ぎず、とりわけ強いものではありません。


斜めに通した赤い帯は、近似線に幅をつけて描いたものですが、見ての通り、その上側にも下側にも多くの授業が分布しています。
近似線の上方に大きく離れた授業は、生徒側での苦手意識からの影響を抑えて、しっかり学びの成果を実感させている授業(「A群」と呼ぶことにします)と言えそうです。
近似線付近に位置する(=帯に含まれる)授業を「B群」、帯の下側にはみ出して位置する授業を「C群」として、授業評価アンケートの他項目での集計値の分布をA~Cの各群で比較してみると、そこにははっきりした違いが見て取れます。


苦手意識の影響をもろに受けるか、それを跳ね返して学力向上感に繋げられるかは、授業者の技術や授業のデザイン次第と言えそうです。

❏ 何とかなりそうだとの展望の中で学ばせる

得意/苦手の意識は、当然ながら、考査や模試の成績からの影響も受けますが、模試の科目成績が相対的に低い生徒でも、学力向上感や意識姿勢で肯定的な回答をするのは珍しくありませんし、逆もまた然りです。
真面目に学習に取り組み、成果を得ていても、周りも同様に成績が伸長していたら相対的なポジションは変わりませんが、学びの一つひとつにしっかりと成果をたな卸しすれば、学力向上感を持てますし、それが苦手意識を消していくのは如上のデータが示す通りです。

苦手意識を上書きして「学びに対する肯定的な自己認識」に換えるカギは、学びの場で「何とかなりそうだ」という展望を持てることです。
わからないことがあったときそれを解消する方策を持っていることは、その展望の土台です。参照型教材を上手に活用できることや、周囲との教え合い・学び合いが自然にできる環境にあれば、わからないからと言って立ち止まる必要はありません。
また、最初のトライで上手く行かなくても、どこが拙かったか振り返って次はどうすれば良いかを考えつけば、「今度はこうやってみよう」と思えるもの。
学びに対するメタ認知が重要であるのは、勉強を好きにさせる学ばせ方でご紹介した【モニタリング方略】とも通じるものがあります。
メタ認知の形成には、生徒自身に評価者スキルを身につけさせる必要もありますし、言語化を通じて育む「振り返りのための相対化スキル」も欠かせません。詳しくは以下の拙稿をご参照ください。

❏ 苦手意識の解消は、積極的な進路選択への入り口

参照型教材を頻繁に参照させる、教え合い・学び合いの場を作る、振り返りによる課題形成に挑ませるといった指導者が持っている有効な手札をまだ使い切っていないようなら、生徒の意識は現状よりも「得意」側に大きく転じる可能性が残っているということです。
もし、生徒が入学前に不要な苦手意識を抱え込んでいたとしても、これまでに生徒が経験してきた「教え方」「学ばせ方」が悪かったせいかもしれません。やり方次第で意識の上書きは十分に可能です。
早いうちに苦手意識を削ぎ取ってあげることで、より広く自分の興味を刺激するものを探せるようになるでしょうし、苦手な科目を受験で使わずに済むからという「消去法での進路選択」に流れてしまう生徒も少なくなるのではないでしょうか。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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