PPDACサイクルを用いた課題研究(後編)

昨日に引き続き、PPDACサイクル(以下の5フェイズからなる統計を使った課題発見&解決の手順)を用いた課題研究について考えます。

  1. Problem(問題): 問題の把握と明確化
  2. Plan(調査の計画): 研究計画づくり、不足する知見の補完
  3. Data(データ): データの収集・整備、統計表の作成
  4. Analysis(分析): グラフの作成、問題点の分析
  5. Conclusion(結論): 分析結果の解釈、レポートの作成

前稿は、生活の中で感じた何気ない疑問を起点に、「わかりやすい文章とはどういうものか」「人を引き付ける文章とはいったい何か」という最初の問いを立てたケースを例に、わかりやすい文章とわかりにくい文章を集めて比較してみる実験を考案するところまで触れました。
問いを立てるのがProblem(問題の把握と明確化)という第1フェイズに当たり、先行研究に当たったりしながら「どんな方法で答えに近づこうか」と考えるのが第2フェイズであるPlan(研究計画づくり、不足する知見の補完)に相当するかと思います。

2016/11/08 公開の記事をアップデートしました。

❏ 統計で扱える数値としてのデータの収集

インターネットなどを利用してサンプルとなる同一テーマを扱った様々な文章を集めるところまでは簡単ですが、各々のサンプルに「読みやすさ」「惹きつける度合」というパラメーターを数値として与えないことには、客観的な(統計的に行う)分析や考察に進めません。
とは言え、研究する本人が自分の感覚だけで、文章のわかりやすさや惹きつけられる度合を判定して数値にしたところで、客観的な(=信頼できる)パラメーター(変数)になり得ないのは明らかです。
最小限、サンプルとして十分な人数の調査協力者(被験者)を集めて、あらかじめ用意しておいた複数の文章を読んでもらい、それぞれの読みやすさ、面白さを何段階かで評価してもらうなどの必要があります。
もう少し本格的にやるなら、被験者が各サンプルを読み終えるまでの時間を測定したり、内容をどこまで理解しているかを「読後のテスト」で確かめたりした結果をパラメータに加えることも可能です。
ただし、「読後のテスト」は、作問の技術を要する上、各々の文章に付す問題群の難易度のバラツキが不可避なことから「得点調整」も必要になり、高校生が扱うにはハードルが高過ぎるように思いますが…。

❏ 目的変数への寄与が考えられる要素を調べて数値化

感覚的に答えてもらった「読みやすさ」「面白さ」の回答を得点に換算すれば、その平均値を各サンプル(この例では「文章」)の代表値とすることができますが、ここで目的としているのは「(読みやすさ、面白さでの)文章ごとの分類、格付け」ではなく、「読みやすさや面白さを決定づける要因は何か」という問いに答えを探すことです。
如上の「代表値」に寄与する(決定づける)可能性のあることがらについても、数値として扱えるデータを集めて、影響の度合いを測って(推定して)いく必要があり、そこで使うのが統計の様々な手法です。
1センテンスあたりの文字数や主述のペア数、漢字や横文字が占める割合、否定文や逆接の使用頻度、指示語と参照先の距離といったところは何となく怪しそう(影響がありそう)ですが、こうしたアタリをつけるにも、先行研究に目を通しておくことは大事です。
これらについて各サンプルをしっかり調べて、「読みやすさ」という目的変数(関数 “y=ax+b” の左辺yに当たるもの)への寄与度を確かめるべき説明変数(x に当たるもの)を揃えれば、回帰分析やクロス集計表の残差分析といった統計手法が使える状態に持って行けます。

❏ 実際のデータに触れて、新たに問いを立て直すことも

データを集め、整えていく中で、新たな気づきがあったり、別の疑問が湧いてきたりするのも珍しいことではなく、ここで新たな問いを立てて方向を修正してみるのも悪いことではないと思います。
例えば、如上の場面であれば、目的変数である各サンプルの代表値(わかりやすさ、面白さ)にしても、文章によって、評価が多くの被験者で一致するケースもあれば、バラツキの大きなものもあることに気づいたりするかもしれません。
前者タイプばかりであれば、各説明変数との相関係数を比較して、影響度(寄与度)を推定したり、如上の手法を用いて解析したりと、次のフェイズに進んでいけば良いと思いますが、後者タイプが混ざっている場合、話はちょっと違ってくるのではないでしょうか。
当初の「問い」への答えをストレートに探るのが難しくなるというだけでなく、「文章のわかりやすさや面白さの感じ方にどうして個人差が現れるのか」 という別の疑問も湧いてくるはずです。
その疑問を晴らすべく、新たな問いを立て、フェイズ2からやり直してみる生徒が出てきたとしても、それはそれでウエルカムな気がします。
どんなことであれ、興味を追求していれば、その過程で新たな興味や疑問が生まれるのは当然のこと。最初に思い浮かべた問いより、もっと強く「答えを見つけたい」と思える問い/疑問が浮かべば、そちらに探究のターゲットを変更した方が、意欲的に取り組んでいけそうです。

❏ グラフ化はプレゼンのためのみならず、考察のため

整えたデータは、グラフにすることで、各パラメータ(目的変数と説明変数)の関係性をより直観的に捉えられるようになり、分析や考察を効果的に行えるようになります。
相関係数をじっと見ているだけでは、サンプルごとの残差(近似線からの離れ具合)はちっとも見えませんが、散布図を描いてみれば分布の様子も容易にみて取れ、残差を生む要因を考える起点にもなり得ます。
説明変数がある値を超えた瞬間に、目的変数の値が大きく変わることに気づけば、閾値(境目となる値)を発見したことになるでしょう。
また、近似線に沿って一様に分布が広がっているだけでなく、何か所かに分布が集中/偏在していることもあり、それぞれのグループを分ける別の要因の存在に気づくことも少なくありません。(こういうケースはクラスター分析[外部リンク]の出番かと。教科書には登場しない手法しょうが、ネットや図書館で調べれば、やり方を知るのは十分に可能。自分で読んで理解し、実際のデータに使ってみる中で「新しい武器」を得る方法まで学んだことになるはずです。)
生徒は(ときにご指導に当たっておられる先生方も)グラフを作るのは研究結果を伝えるプレゼンテーションのためと考えている節がありますが、本来は、より効果的に考察を進めるためだと思います。
商売柄、データを扱うのは日常ですが、「数字を見て考えて、まとまったところでグラフを描く」ことはまずありません。「グラフを描いてみてから考え、思いついたところをまたグラフで確認」が普通です。

❏ 仮説を立てて、それを検証するために再びデータに

ここまでの手順を踏んできて、はじめて最初の問いに対する答えが「仮説」として浮かんできますが、仮説は当然ながら検証を必要とします。
例えば、「ディスコースマーカーの適切な使用は、わかりやすさを向上させる最も大きな要因のひとつ」との結論が見えてきたら、今度はそれを「仮説」として「検証」する段階です。
最初の調査で用いたサンプルの内、「わかりやすい群」の文章からディスコースマーカーを消したり、「わかりにくい群」の文章に手を入れたりすることで検証用の対照サンプルを作り、再度被験者に協力をお願いするのも(厳密さに欠けますが現実的な)手のひとつかもしません。
この実験で、加工前の文章と加工後の文章で、「わかりやすさ」に有意差が観測されたら、その仮説は検証されたことになり、一連の活動を通じて生徒は「新たな知」を得たことになります。
検証(=実際に調べて証拠立てること)をしない仮説は、主張や意見、あるいはアイデアに過ぎません。探究活動を通して目指すのは「調べたことの先に見出す新たな知」とそれを獲得する方法を学ぶこと。まとめに入る前の、この大事な工程にしっかりと取り組ませましょう。



ここまで進めば、残っているのはフェイズ5の「Conclusion(結論:分析結果の解釈、レポートの作成)だけです。各フェイズでの取り組みと結果をしっかりと記録しておけば、レポートを書きあげる材料に不足はないはずですし、新たに得た知を活かして、自分(たち)が抱えていた課題を解決する方法にも思い至ることかと。後はそれらを論文/レポートの作法に沿ってまとめていくだけです。
探究活動の入り口はあくまでも「疑問を問い(=Problem)に書き起こすこと」であり、仮説はデータを集めて分析してから立てるもの。探究の入り口では、どんな仮説が立ちそうかを「想像」するところまでしかできないことを知っておけば、これから挑むハードルを高く考えすぎて、変に構えたスタートにさせずに済むのではないでしょうか。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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