分業で行う出題研究のフィルタリング(その3)

様々な学力要素(知識や理解のみならず、21世紀型能力で言うところの「基礎力」や「思考力」を構成する能力群も含めて)をしっかり測定できる「良問」をどれだけストックできているかは、学習指導の効果を大きく分けます。
それらを軸にした授業デザインは、新しい学力観の下での指導を可能にしますし、テスト問題として課せば、学力の向上過程を捉え、ここから何をどう学んでいくべきかを明らかにすることもできるからです。
そうした問題を自前で作って揃えることもできますが、想像以上の手間のはず。出題研究の中で見つけた良問は積極的に活用しましょう。ただし、大学入試に限らず、出題はときとして玉石混交です。不用意に悪問を教室に持ち込んでは「百害あって一利なし」でしょう。授業や考査に活用する前のフィルタリングが大切です。

❏ 各先生が個々に全問題を解くのでは過剰負担

大学入試問題の中にも、残念ながら、わざわざ時間を割いて生徒に解かせるまでもない問題も少なからず。中には、生徒に挑ませては好ましくない影響が懸念される問題(いわゆる悪問)も含まれます。
教材としての適否を判断するには、問題が要求しているものをしっかり吟味する必要があります。解いてみるだけでなく、採点基準の想定まで踏み込んでみないと、適否の判断ができないこともあります。
眺めただけで直観的に捨てた中に、実は優れた問い方が隠れていたり、少し手を入れれば良問に「出世」する問題が混じっていたりもします。
とは言え、例えば、のべ100学部の入試問題を出題研究の対象とするとして、十人の先生がそれぞれ全問題を点検するのでは、計1,000学部の問題を解くことになり、労力は膨大、ときに非現実的でしょう。
どう考えても使い道がなさそうな(あまり価値のない)問題まで手を広げて、問題を一つひとつじっくり解いて吟味していては、時間がかかるばかり。先生方の負担があっという間に限界を超えます。
こうした事態を避けるには、先生方で手分けして第一段階の審査(価値の低い問題を除外するフィルタリング)を先に済ませるのが好適です。
ひとりの割り当ては、一緒に取り組む仲間の数に反比例して減ります。先ずは個々に割り当ての問題を解いてみて、良問(思考力などを測れる問題)と思われるものを選び出し、それ以外の問題をはじくところまで分業で進めておきます。
こうして「吟味の対象とする問題」を予め絞っておけば、他の先生方は使い道のなさそうな問題を解くのにわざわざ貴重な時間をかける(浪費する)必要もなくなり、全体での延べ作業時間を大きく減らせます。

❏ 絞り込んだ問題の使い方こそ時間をかけて考える

絞り込みを通過した、授業などに採り入れる価値がありそうな問題を、今度は複数の先生方で吟味し、互いの所感を伝え合えば、その問題の使い方などにも発想が膨らんでくるはずです。
腰を据えて研究すべき問題を絞り込んだ後に、それらを指導計画のどこに配置し、授業のデザインの中に組み込むかという検討にこそ、しっかりと時間をかけるべきだと思います。
授業の中での使い方にしても、以下のようなことは考えなければなりませんし、指導計画に落とす場面では、他の単元や科目の学習とどう関連付けるかもしっかりと検討しておきたいところです。

  • 教科書がカバーしないことがらをどうやって生徒に学ばせるか
  • 生徒が作った答案をどんな基準に照らして採点し、評価するか

それぞれの先生方が使い方のアイデアを出し、それを互いに突き合わせながら、より良い授業デザインと指導計画に仕上げていきましょう。

❏ 可能な限り多くの出題例に目を通す

授業で活用し、指導計画に組み込む問題については、如上の「分業と協働」で効率的に検討を深めるとしても、生徒が目標としている大学群の問題には、各先生が個々に(自分で)目を通しておきたいところです。
解いてみてこそ得られる「感覚」のようなものもあり、他人任せにはできません。また悪問として最初のフィルタリングではじかれた問題の中にも、対策を考えて生徒に伝えなければならないものがあるかも。
また、出題研究の対象に含めていなかった(志願する生徒が想定されない)大学の出題例の中にも「お宝」が潜んでいるかもしれません。
教育改革に意欲的な大学は、入試の難易度や大学としての著名度などに拘わらず、工夫を凝らした良問を出していることが少なくありません。逆もまた然りですが…。(cf. 出題内容から窺う、大学の教育姿勢
また、他の設問は褒められた出来でなくても、ある小問だけはきらりと光るところがあったり、設問はともかく、リード文や添付された資料などに教材としての利用価値が見出せるようなものもあり得ます。
こうした発見の積み重ねが、授業作りの発想を押し広げてくれることも少なくありません。(cf. 出題研究を通して”問い方”を学ぶ
また、過去の経験に照らしてみると、良問の出題が多い大学もいくつか浮かんでくるはずです。それらの大学は、生徒の進路希望の分布とは別に、毎年欠かさずチェックする対象に加えておきたいところです。

❏ 出題研究の協働と分業は学校間でも

出題研究を分業と協働で進めようにも「科目の担当は自分しかいない、協力者が周囲に見当たらない」というケースもあろうかと思います。
そうした場合、他校の先生方とスクラムを組んでみることも検討しましょう。研修などで出かけた先で知り合った先生、大学の同期や先輩・後輩、学校に出入りしている教育事業者などは候補になり得ます。
もし、5人も集まれば、出題研究のペースは飛躍的に上がります。2月の入試シーズンから4月の授業開きまでの2か月でも、それぞれが週に2~3学部ペースで問題チェックを進めれば、単純計算ながら、100学部ほどの出題から良問の候補を拾い上げることができるはずです。
単元名などの簡単なタグをつけて、クラウド上で共有するところまで進めておけば、その後は、指導計画に沿った単元配列に合わせて、個々の問題の検討を順番に進めていくこともできるのではないでしょうか。
互いの見立てを持ち寄った協議も、Zoomなどのツールが広く用いられるようになった今、職場が離れた先生方との間でも容易に行えます。

❏ 年度を跨いで経年的に良問をストック

出題研究は、指導計画の立案の前に行うのがベターですが、焦って無理を重ねる必要もないかと思います。少しずつ、できる範囲で進めて「経年的に良問のストックを増やしていく」というのも健全な発想です。
この手の取り組みは継続性が大切です。全力で走ってリタイヤするよりも、ゆっくりでも確実に歩を進めた方が、結果的に遠くまで行けます。
出題研究はこれまでも行われていたはずです。実際に授業で使ってみて大きな指導効果/手応えを感じた問題も少なくないかと思います。
それらを互いに出し合い、整理すれば、「教材として好適な出題例」のストックを共有することもできるはずですし、年度を跨いで取り組みを継続すれば、手持ちの良問はどんどん増えていきそうです。

教育課程の切り替わりで、新しい単元が生まれることもありますが、これまでに蓄積してきた良問が出番を完全に失うことは稀だと思います。
近年の入試から「ホット」なものを用いた方が生徒への刺激は大きくなりますが、当座の用(=各単元を学ばせるときの軸となる問いを揃えること)はこうしたストックでも十分に賄えるのではないかと思います。
その4に続く

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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