先端研究で得られた知見を活かして授業改善

先週、「授業に集中してる? 生徒の脳、活動量をセンサーで計測」という記事を朝日新聞で見つけました。東京大学と横須賀の三浦学苑高校が協働で行なっている実証実験です。脳の司令塔と言われる前頭前野の活動量を調べるセンサーを生徒のおでこに付けて、授業中に生徒の脳がどれだけ活発に働いているかをリアルタイムに把握するとのことです。

❏ 脳の活動量がリアルタイムに測定できることの恩恵

先生の話を聞いているとき、資料を読んでいるとき、ペアで話し合いをしているときなど、様々な学習場面で脳がどれだけ活性化しているかが分かれば、より効率的な活動の配列や授業デザインが可能になります。
もちろん、生理的な脳の活動量の増加が、思考の深さや適切さをダイレクトに示すかどうかは確認が必要でしょう。
実証実験を通して、脳の活動量の累積値とテストなどで測定した学力の変化(新たにできるようになったこと/コンピテンシーの獲得)の相関を確かめるなどの追加検証も行われるのではないかと思います。
しかし、少なくとも「脳がお休みしている時間が長い授業」より「脳が活発に動く授業」の方が良いことには異論はないと思います。
もしかしたら、これまで「王道」とされていた教え方だって、生徒の脳を休ませるだけだったかもしれません。この実験は授業のあり方に新たな知見を多くもたらしてくれそうです。

❏ すでに様々な授業改善へのヒントが得られている

実証実験を始めて間もなくですが、既に「生徒に考えさせる狙いで生徒同士の話し合いの時間を作っても、脳の活動量は思いのほか少ない」という観察結果も得られているようです。
この結果からは、アクティビティを用意して生徒の活動性を高めても、それだけでは脳の活動が高まる(≒ 思考が活性化する)とは限らないという仮説を立てることができますよね。
同じ「生徒同士の話し合い」でも、協働で解を導く明確な課題(問い)を与えた場合と、「〇〇について考えてみよう」「前回の内容を話し合ってみよう」という漠然としたテーマ提示の場合とでは、脳の活動性にも差が生じるかもしれません。
お題タイプと課題解決タイプの2通りの話し合いの場を作ってデータを比較してみれば、如上の仮説も検証できそうですよね。

また、「個人で考えるとどの生徒も脳の活動量が増えるのに、ペアで話し合わせると活動性が高まらないことがある」という発見もあったとのこと。グループワークでも同じことが起きているかもしれません。
活動量が上がらない理由が何か現時点で定かではありませんが、もしかしたら「頼りになり過ぎたり、対等に話し合うのが容易でなかったりする相手と組んだ時に特徴的に表れるパターン」かもしれません。
相手を変えた場合の変化を観察すれば、既に教室で経験的に知られている「フォーメーションを固定することのリスク」も証明できそうです。

❏ 実証実験で得た知見は、どんどん活用すべき共有財産

公開された実証実験の様子は、新聞各紙やテレビのワールドビジネスサテライトなど様々なメディアで報じられ、反響の大きさが窺えます。
日経 xTECHの「脳センサーで学習効果を上げる時代」、東大がEdTechの技術披露( 2019/05/27)ではこう報じられています。

実証実験は政府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に採択されたもの。東京大学と三浦学苑高等学校、横須賀市、センサーの開発会社NeUが協力して実施する。期間は2019年4月から4年間を予定している。

教育(Education)× テクノロジー(Technology)を組み合わせた造語である”EdTech”は、教育領域にイノベーションを起こすビジネス、サービス、スタートアップ企業などの総称ですが、今後急速な発展とともに現場で頑張る先生方にも様々な恩恵をもたらしてくれそうです。
新たな機器やシステムを導入するには、運用面・技術面での様々な障害を乗り越えなければなりませんし、当然ながら予算の確保だって難題でしょう。個人情報であるデータの管理にも厳格さが求められます。
しかしながら、論文などにまとめられて公開される様々な研究の成果や実証実験で得られた知見は、誰でも無料で利用できます。
実験は機器の用意が不可欠ですが、結論に乗っかるだけなら機器は要りません。試行錯誤の苦労もなければ、機器開発や実験のコストもかからず、他のリスク(不確定要素)も最小限。良いことづくめです。

❏ 巨人の肩の上に立つことは、次の一歩を決める前提

先行研究の成果を上手に活用することは、「巨人の肩の上に立つこと」であり、どんな場面でも、さらに遠くを見渡すために不可欠です。
この実証実験に限らず、様々な先端研究で得られたエビデンスを自分の授業や学校の教育活動にどこまで利用できるかは、生徒の学びに大きな影響を及ぼすはずです。
指導法に限らず、自分で工夫して新たな手法を確立することは、とても大きな「快体験」ですが、プロフェッショナルであるためには結果を出すことが求められます。
そのために必要なのは、先駆者たちの得た知見を最大限に活かすこと。その上に、どれだけ自分の工夫を上積みできるかだと思います。
新しい学力観への転換の中で、これまでの指導法だけでは通用しない場面が多々あります。全国の先生方が取り組む授業改善においても、互いの成果を知り、活かす中で、教え方のイノベーションを新たな「定番」に育てていくことが必要ではないでしょうか。
先端研究を推し進めている先生方が、今回の報道のようにどんどん発信し、効果測定の結果をエビデンスとして示していただけることで、理解者と共感者が増えれば、全国での教育改善がぐんと進みそうです。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一