AIの時代にこそ教室で育むべき「知情意」

科学技術の進歩は、「個人ができること」を大きく拡張しました。AIを上手に使えば、調査や企画、創造といった知的活動が「頭の中」だけで行っていたときをはるかにしのぐ水準で、簡単にできてしまいます。
映像や文章を起こすのだって容易。その成果をSNSを介して発信するなどで、AIが拡張した力を広く届かせることができてしまいます。
できることが増えた分、その力の使い方には注意深くなる必要があります。物騒なたとえですが、文房具のハサミしか使ったことがないのに、いきなり鋭利で大きな刃物を持たされたようなものかも。
正しい目的と方法で使えば、効率よく大きな成果が得られるかもしれませんが、間違った場合は破滅的な結果をもたらす可能性があります。
新たな道具で得た力を駆使するときには、その影響や結果を正しく想像する力や、正しいゴール(課題)を設定できる力を備えている必要があるはず。知情意という言葉で伝えられてきたことの役割は大でしょう。それらを整えさせるのに教育が果たすべきところはさらに膨らみます。

❏ 力の拡張に伴って「責任」もより大きなものになる

誰もが「情報を得るだけでなく、生成・発信できる」ようになるというのは、単に「できること」が増えたというレベルに止まりません。社会との関わり方や、人としての判断が強く問われるようになります。
かつての教室は、教員が与えた知識を生徒が受け取る場でしたが、今は生徒が「得た力」をどう使うかを学べる場としての設計が必要になりました。科学技術が大きく(ブレーキが有効にかからないほど)進歩する現代だからこそ、舵とブレーキが正しく効くことが大切です。
以前に起こした別稿(新課程の枠組みで考える「知情意」)では、「知情意」について以下のような視点で、考えるところを整理をしました。

  • 智(知性)は、教科固有の知識・技能とは別のもの
  • 情なしには、智が自己本位に働き、他者に害を及ぼす
  • 強固な意志、聡明な智恵、それらを調整する情愛

考察の土台にしたのは、渋沢栄一の「論語と算盤」であり、百年以上も前に書かれたことですが、道具の進歩が加速を続ける今だからこそ必要なことを伝えてくれているように思えてなりません。

❏ 日々の学習を通じて、今こそしっかりと学ばせたいこと

次期学習指導要領の策定に向けた検討の指針として「AIの利活用」が前面に打ち出されましたが、使えばよいというものでもないはず。
力の拡張(できることの広がり)がもたらす危険を正しく理解し、負の面の影響から自分と周囲と社会を守るためにどのような考え方と行動が必要なのかを、学ばせることを指導の主眼から外さないことです。

AIの回答(出力)は、文脈上、最も尤もらしい(確率が高い)ものに過ぎず、正解である保証はありませんが、その認識が不十分だと、鵜呑みにした結果の誤りや、再発信による誤解の拡散を引き起こします。
従来の検索ならば、表示されたページを辿りながら、様々な情報に触れますが、AIは尤もらしい一つの答えをポンっと出してくるので、それを正解と誤認するリスクはより大きいはず。
前段で「智(知性)は、教科固有の知識・技能とは別のもの」と書きましたが、日々の学習の中で、単に情報を集め、知を得るときに、「情報を評価し、矛盾に対処する姿勢と方法」(≒情報リテラシー)の育成も同時に進めていかなければならないはずです。

出来ることが増えたと言っても、それを正しく駆使できるかは、課題を正しく設定できる力に左右されます。自分の身の回りや社会を見渡し、そこにある解決すべき問題を正しく捉えてこそ、力は活きます。
別稿でも書きましたが、適切な課題設定の入り口は「正しい問い」にあります。人間の欲求には「満たすほどに膨らむ性質」があり、最初の課題設定を間違えると、拙い方向にでも暴走は止まらなくなりがちです。
新しい道具(技術)でポテンシャルが底上げされている分、目指すところの実現はより確かになり、好ましからぬゴールでもそこに到達したことの達成感が、さらなる欲求を駆り立ててしまうことを知りましょう。
これはまさに、前段の「情なしには、智が自己本位に働き、他者に害を及ぼす」に該当する問題でしょう。探究活動の中で「より良い社会を実現するために解決すべき問題」と、そこで自分が果たすべき役割を見つけさせることができるかどうかが問われています。

❏ AIが可能にした学びを、知情意の獲得に活かす

前段までは、新たにできるようになったことの「暴走」を防ぐという視点での、今後の指導における力の入れどころでしたが、同時に「できるようになったことの十分な活用」にも注力が必要です。
AIは、探究活動を進める上でも有能な伴走者になってくれますし、進路意識形成の場でも対話の相手として重要な役割を担い得ます。
探究活動の中では、観察したことを整理したり、発想を膨らませたりするときに、進路指導では志望理由書を起こしながら自己理解を深めさせる場面などで、AIをどう利用するかを学ばせていきたいところ。

こうした学びをガイド/プロデュースしてあげることで育まれていくものが、前段の「意」でしょう。やるべきものを見つけた生徒は、困難を前にも諦めず、調整をつけながら力強く歩んでいくはずです。
21世紀型能力の「実践力」は、持続可能な未来への責任、社会参画力などで構成されますが、どんな課題に自分は向き合い、そのために何をどう学んでいくかを見つけさせることは学校の主たる役割です。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一