前稿「5教科7科目に挑ませることの意味」では、学ぶ科目を早くから絞らせず広くしっかり学ばせることの主たる意味を、「認知の網を広く偏りなく張らせること」と「各科目の内容を学ぶことを手段に獲得した能力・資質を汎用性のより高いものにすること」の2つに求めました。
生徒にとって多くの科目を学ぶのは負担に感じるところも大きく、「直接的な必要性がないと思える科目」の勉強はつい手を抜いてしまいがちです。担当の科目を履修しているすべての生徒から、真剣な学びをどこまで引き出せるかは、まさに先生方の腕の見せ所です。
過剰な負担で学びを諦めることがないよう、日々の授業で配慮と工夫を重ねるとともに、その科目を学ぶことに生徒が自分の理由を見出す機会を調えていくことが、「広く学び続けさせる」ための要件です。
2016/11/22 公開の記事を再アップデートしました。
❏ 過剰な負荷で生徒をギブアップさせない
幅広い教科・科目を学ぶ主な舞台は、言うまでもなく「必履修科目」です。選択科目の場合、「履修しない自由」や「時間割の都合で履修できない事情」など、真剣な学び云々以前に乗り越え難い障害があります。
必修科目を履修するのは、将来その科目で大学を受験する生徒だけでなく、必修だから仕方なく履修しているだけの生徒も含まれ、生徒の学力のみならず、科目を学ぶ意欲/必要性にも大きな差があります。
前者の生徒のことを優先して難関私大の出題を想定したところまで知識付与の範囲を押し広げては、後者の生徒は消化しきれず、科目学習への自己効力感を失い、学びを諦めていきかねません。かといって、後者の生徒に合わせるだけでは、前者の生徒の可能性に蓋をしてしまいます。
こうしたジレンマの解決には、知識の拡張範囲や課題の難易度に段階性を設け、生徒が自分の事情に合わせて、挑むハードルを選択できるようにすることではないでしょうか。
授業ごとにターゲット設問を起点にした課題解決型学習で、単元/本時の学習内容の核となる理解を作ったら、周辺知識の拡張は生徒それぞれのニーズに合った範囲を設定するのが好適です。
クラスの生徒を以下のように分けてみるだけでも、それぞれ獲得を必要とする知識や取り組むべき演習問題の範囲の違いも見えてきそうです。
- 受験では一切その科目を使うことがない生徒
- 大学入学共通テストだけ受験科目とする生徒
- 国公立大学の二次試験で記述・論述の問題に挑む生徒
- 難関私大の受験で広範な知識を必要とする生徒
- 大学に進学して科目学習の先を専攻したいと思っている生徒
用語リストや問題集の設問番号などで、それぞれの生徒が取り組むべき範囲を指定してあげれば、過剰な負荷をかけず、やるべきことを確実にこなしやすい状況を作ってあげられるのではないでしょうか。
また、クラス内の学力差も、選択科目の場合より必修科目の方が大きいはず。同じ内容の課題でもフルに論述するもの、部分的に設けた空所を埋めさせるもの、重要語句などの穴埋めなどだけを課すものなど、回答方式でハードルの高さを選べるようにする工夫などを凝らしましょう。
こうした工夫によって、やりきらせる(=仕上げ切らないことを習慣化させない)責任を果たしていけば、早いうちに学ぶ科目を絞らせず、広い学びを継続させる(=認知の網を広げさせる)可能性は高まります。
❏ 今学んでいることがどこに繋がるかを知る機会
教科書で学んでいることがどこに繋がるか、ピンとこないというのも、学び続ける意欲が削がれる原因の一つです。それを生徒がイメージ/理解できるような仕掛けを講じることも、先生方の大切なお仕事です。
学んでいることがどこに繋がるかを示すのは、「学んだことを使って解決すべき課題」です。適切な問い/課題を提示してこそ、生徒は「何のために学んでいるか」を知ります。
日々のニュースや話題の中に好適な題材を見つけるたびに、「どの単元の学びと結びつけられるか」を考えつつ、設問やクイズの形に調えて、指導計画の中に組み込んで効果を上げている先生もいらっしゃいます。
生徒が目標とする大学群の出題や、外部模試の問題、他校の入試問題を研究する中に、生徒にとっての「自分事としての問題」と教科書の学習内容を結びつけられる題材や切り口を見つけることもあるはずです。
また、SDGs(持続可能な開発目標)の17の目標と169のターゲットを読み込み、その中に自教科での学びとの接点を探すワークショップを教科会などで行って、その成果を導入クイズや追加課題の形に調え、日々の授業で活かしていけば、探究活動との一体化も進みそうです。
ひとつの目標/ターゲットに対して、複数の教科・科目が接点を持つことも多く、合教科・合科目型の学習機会を設けることにも繋がります。
指導計画のメインストリームとするには、あちこちで大規模な調整(or抜本的な組み直し)が必要になりそうですが、単発の「特別授業」を不定期に行うくらいなら現実的、且つ効果も見込めそうです。
❏ 他教科の学習内容との関連付けで「網」をより密に
情報を拾い上げ、理解するために働く「認知の網」は、既に学んで知識を得たところに張られますが、ある教科で学んだことと別の教科で学んだことが「遠く離れたまま」では、網はあちらこちらに密な部分が点在するものの、その間の空間はスカスカということになります。
授業を進める中で、他教科・科目で生徒が学んだ(はず)のことに言及し、双方を関連付けていけば、それぞれの密な部分から新たな網が伸びて、互いを結びつけることもできそうです。新たに張られた網が隙間を埋め、認知の網を穴や偏りの少ないものにしてくれます。
例えば、国語で小説を読む中でジェンダーに触れる機会であれば、公民や家庭科の授業との接点も探したいところ。それぞれの科目で学ぶだけのときより、広い学びが実現するように思います。
こうした指導を実現するには、他教科・科目の授業で生徒が何を学んでいるかを知らなければなりません。調査にあまり多くの時間は取れないでしょうが、少なくとも学校全体のシラバスには目を通しておき、接点がありそうな箇所は、教科書を借りて一読しておきたいところです。
先生方が生徒だったときとは、どの教科も学習内容やその取り扱いが、ガラッと変わっていることに驚かれるかもしれません。
他校種を含めた他教科の学習内容を知ることは、先生方ご自身の「認知の網」を再整備することにもなります。自教科の内容を学ばせるとき、どんな方向に学びを拡張していくか、身の回りの問題と自教科の学習内容がどんな接点を持ち得るかを再発見する機会にもなります。
ちなみに、探究を軸に各教科の学びをつなぐこともお忘れなく。
前稿の繰り返しですが、人の脳は知っていることしか認識しません。
自分の生き方を変えるような重要な情報に触れても、それまでの学びがカバーせず「認知の網」が張られていない領域では、その価値や意味を捉えることができず、せっかくの情報も利することができません。(予期せぬ偶然との出会いでキャリアは形成される)
新たな知が次々と生み出されると同時に、解決策が未確立の問題も生まれ続ける中、問題を解決し、より良く生きるためには、社会に分散する知識を集めて利用する必要があり、ここでも広く張られた認知の網が欠かせません。(イノベーションをもたらす認知の網と偶然との出会い)
5教科7科目をきちんと学ばせると言っても、すべての生徒に国立大を志望させるということではありません。
履修した科目は最後まできちんと学ばせる(=やるべきことを仕上げきらずに放置させない)ことに加え、単元内容をひと通り学ばせるだけで終わりにせず、他教科との接点も探って、認知の網に残る隙間をできるだけ埋めていくことに、目指すべき方向があると思います。
好き嫌いに関係なく(ときに強制力をもって)体系的に学ばせてくれるところなど、小中高の教室をおいて他にはありません。卒業させるまでにどれだけしっかり認知の網を張らせられるかが生徒の将来を左右することを常に念頭におき、生徒にもしっかりと伝えながら、日々の指導に当たるべきだと思います。
各教科の学びがカバーできないところに「生徒の経験と学び」を確保するのは、言うまでもなく課外活動です。その指導においても認知の網を広く、偏りなく張らせるという目的を忘れないようにしましょう。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一