5教科7科目に挑ませることの意味

国立大を「一般選抜」で志す受験生は、原則として5教科7科目(25年からは「情報」が加わり6教科8科目?)を勉強しなければなりませんが、それ以外の生徒(大学に進学しない生徒も含めて)にも、出来るだけ多くの科目を最後までしっかり勉強してもらいたいと考えます。
進路希望実現のための要件を満たすだけなら、必要最小限の科目に絞って勉強する方が「得点力向上のコストパフォーマンス」は高くなるかもしれませんが、ことはそれだけでは済まないはずです。
言語、数量、情報の各スキルからなる「基礎力」も、問題の発見や解決のための「思考力」も、様々な教科・科目の内容を学ぶ中で身につけ、磨いてこそ、汎用性の高い(そもそも、社会に出て解決すべき課題に教科・科目の区分けはありません)ものになりますし、ものごとを認識・理解するのに必要な「認知の網」も、勉強する教科・科目を絞ってしまえば、偏りや隙間のあるものになってしまうはずです。

2014/08/26 公開の記事をアップデートしました。

❏ 高校は、認知の網を広く偏りなく張る最後の好機

ものごとの認識や理解は、既に獲得している知識との照合によって行われます。既に知っていることやそれらが互いに繋がることで作り出された「認知の網」に引っかからない情報は拾い上げることができません。
身の回りには様々な情報が日々飛び交いますが、その中には、解決すべき問題も含まれますし、チャンスをもたらすものも危険を運び込むものもあり、それらの存在に気づき、自分にとってどんな意味を持つのか理解できなければ、「より良く生きる」のは難しくなるばかりです。
認知の網を広く、偏りなく、且つ密に張るには、様々なものごとを広く学んでおく必要があるのは言うまでもありませんが、その学びを確実に且つ効果的にできるのは初等・中等教育の教室だと思います。
高校を卒業すれば、自ずと選択した進路に沿って専門的な学びに力を入れていくことになりますので、専門以外の領域を学ぶ時間は取りにくくなりますし、中学・高校のように領域(≒教科)ごとに適切な指導者をそばに確保すること自体が難しいはずです。
高校を卒業した後でも、必要があれば新しいことを学ぶことで、認知の網を拡張・補強することはできますが、高校までの教室でほど効率的に体系的な学習を進められないでしょうし、そもそも認知の網が張られていないところでは、問題を検知できないため、改めて学ぶことの必要性に気づくことすらできないかもしれません。
認知の網を、広く、偏りや穴のないものにするには、すべての教科・科目をしっかり学ぶのがベストですが、教育課程の編成上、それはかなり難しいこと。せめて履修している科目については、手を抜かずに学ばせて各単元の核となる理解を形成し、必要最小限の概念と知識は確保させると同時に、その中で21世紀型能力の各要素を獲得させましょう。

❏ 分散知を活用した問題解決にも認知の網は不可欠

学校を卒業して社会にでると、様々な「解決すべき問題」に直面しますが、その多くは、多様な専門性を持つ方々がスクラムを組んでこそ解決が図れるものではないでしょうか。
ある専門の観点から見るだけでは、問題の他側面を見落とし、解決策/処方を誤るリスクを抱えます。
様々な専門家がそれぞれに持つ「分散した知識」を統合して課題解決に役立てるには、他の専門の人と対話ができなければなりませんが、相手の言っていることが互いにチンプンカンプン、相互理解の糸口も得られないのでは対話になりません。
科目を絞らずに学びを広げておけば、多少難しいことを理解するにも、取っ掛かりとなる知識を持ち合わせることもできるでしょうし、知っていることを土台に新たなことを学んでいくことも容易になるはずです。
数学は苦手で避けていた方でも、仕事の上で統計的な考え方が求められることもあるでしょうし、歴史や地理の基礎的な知識(常識)の欠如が問題のバックグラウンド理解を妨げることもありそうです。

❏ 自分の未来を左右する「偶然との出会い」に備える

どんな科目の学びの中にも、「興味のタネ」は潜んでいるはずですが、そのタネを見つけて育てられるかどうかは、その科目を真面目に勉強するかどうかにかかっています。
苦手科目を早々に切って、勉強する科目を絞ってしまえば、そのタネは芽を出すこともなく埋もれたままです。
各単元を学習する中で、先生が提示した問いの中に、掘り下げていくべき興味を見つけることもあるはずです。導入フェイズで使ったクイズ探究から進路へのきっかけを作るプラスα の一問拡張型調べ学習などが、教科書の学びと自分の周りの解決すべき問題の接点を作ります。
これらを通して考えたことが、直接的には興味を刺激しなかったとしても、そこで得た理解や知識がやがてどこかで別のパーツと結びついて、自分が取り組むべき課題はこれだ!との発見になるかもしれません。
しかしながら、科目を履修しない/課題に真剣に取り組まないのでは、興味の入り口を見つけることすらできなくなります。
興味を持てないものが増えれば、その先の選択の幅は小さくなります。早々に切り捨てたもの(まじめに学ばなくなった科目)の中に、自らの資質や志向に合致する将来との接点があったとしたら、学びを放棄したことで、その未来と出会う可能性そのものが失われてしまいます。

❏ 能力・資質の適応対象を広げるためにも

教科・科目を絞らずに、卒業までできるだけ広く学び続けることには、もう一つ大きな意味があります。
各科目で単元内容をひとつひとつ学ぶ中で、生徒は基礎力・思考力・実践力の各能力を獲得していきますが、それを発揮し、鍛錬する場がある科目の特定の単元の学習だけだとすると、せっかくの能力も応用できる範囲が狭く限定された、あまり役に立たないものになります。
ある科目/単元を学ぶ中で身につけた能力・資質は、他の様々な場面と対象に応用してみることの繰り返しで、汎用性の高い(=広い場面で/初めて向き合う対象にも活用し得る)より有益なものになります。
学校で学んだことが社会に出てからあまり役に立たないとの昔からの批判は、知識偏重だったことにも原因があるでしょうが、ある場面で獲得したものを他の場面で使ってみる機会が十分でなかったことにも省みるべき点があるように思います。
すべての教科の先生が、生徒が履修している他教科の学習内容にも目を向け、合教科・合科目的な学びを実現することや、総合的な探究の時間での指導で、各教科で学んだことを活用させることに注力が必要なのは言うまでもありませんが、そこで活用すべき道具を充実させるには多くの科目を生徒一人ひとりにしっかり学ばせることが大前提です。
■関連記事:

  1. イノベーションをもたらす認知の網と偶然との出会い
  2. 認知の網の広げ方~5教科7科目をきちんと学ばせる
  3. 全教科でコミットすべき能力・資質の涵養
  4. 教室の中で「興味が生まれる瞬間」を体験させる
  5. 教科固有の知識・技能を学ぶ中で

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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教科固有の知識・技能を学ぶ中でExcerpt: 工業化社会では、正しい手順を正確に且つ効率的に再現できることが生産性を高めることに直結しました。個々の教科の内容を学ぶ中で身につけた「与えられた情報を素早く理解し、記憶する力」 はそれ自体で武器になったように思えます。テストで「覚える力」 を証明することが、次のステージへのパスポートになったように感じます。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2016-10-12 06:01:05
認知の網の広げ方~5教科7科目をきちんと学ぶExcerpt: 以前の記事で、5教科7科目に挑ませること には「認知の網」 を張るという意義があると書きました。国公立大学への合格実績は、学校の都合ですが、多くの科目を広く学ぶことは、生徒にとって理解できる範囲を広げ、分散知識を上手に使えるようになることと意味します。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
racked: 2016-11-22 07:38:20
学び続けられる生徒を育てるExcerpt: 学校を卒業したあと、学びを続けていける生徒を育てることは、教科固有の知識・技能をきちんと身につけさせること以上に大切なことではないでしょうか。
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racked: 2016-11-29 05:41:37
学ぶ理由/自立した学習者Excerpt: 1 学び続けられる生徒を育てる1.1 教室は、興味が生まれる瞬間を体験して学ばせる場 1.2 5教科7科目に挑ませることの意味 1.3 学び続けられる生徒を育てる 1.4 次に進んだときの学習をイメージ 2 生徒に考えさせる学習行動・授業規律2.1 指示を的確にこなす生徒~それだけで良いのか? 2.2 生徒に考えさせる授業規律 3 興味関心・学ぶことへの自分の理由3.1 学ぶことへの自分の理由 3.2 興味関心と自ら学ぶ姿勢とのギャップ 4 学習成果を実感させるために4.0...
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イノベーションをもたらす認知の網と偶然との出会いExcerpt: 新しく見聞きしたことを理解するというのは、もともと持っている知識と、新しく入ってきた情報の接点が作られることを意味します。新たな情報が放り込まれたところの周辺に、既に蓄えられていた知識が待ち受けていないと、情報は接点を得ることなく素通りしていきます。
Weblog: 現場で頑張る先生方を応援します!
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