わかりやすい話し方(その2)

短期記憶を飽和させない

生徒から自分の目と口が見える状態で話をするのは、着実な伝達のための大前提ですが、それだけで「わかりやすい話し方」が実現するわけではありません。わかるようにちゃんと説明したつもりなのに、後になって確かめてみると、あちらこちらで聞き漏らしやポイントの押さえ損ねが生じていることも多々あります。
聞き漏らしや聞き間違いの原因になるところは幾つかあり、それぞれに効果的な防止策を講じていく必要があります。

2014/07/31 公開の記事をアップデートしました。

❏ 短期記憶を飽和させないように話しているか

頭の中には、目や耳から入ってきた情報を受け取って、処理が終わるまで一時的に保持しておくレジスタ(受け皿のようなもの)があります。
これを「短期記憶」というそうですが、残念ながら容量は大きくなく、一度に保持できる項目は7つ前後と言われています。
情報の処理が終わらないうちに次の情報が飛び込んできて、容量を超過すると、その前に入っていた情報は未処理のまま(=理解していないうちに)受け皿の外にこぼれてしまいます。「さっきの話、何だっけ?」というのは、まさにこの状態だと思います。
生徒に話を聞かせるときに押さえるべきポイントの一つは、「短期記憶を飽和させないこと」にあります。

❏ 話すスピードを落とすより、区切りをはっきりさせる

短期記憶の飽和という問題は、話すスピードを落とすだけでは解決しません。切れ目なく情報が入ってくれば同じことです。
ある情報を与えたら、次の情報を与える前にしっかりと「間」を置いて脳内の処理を待ちたいところですが、だた時間を空けただけでは、頭は休憩しているだけで処理を進めてくれません。
問いを投げかけて生徒に考えさせることで、処理がちゃんと進むようにさせましょう。
また、与えた情報を黒板に書き出して、生徒にそれを目で確認させ、手を使って書き写させることでも適切な「間」が取れますので、その間に情報の整理や記憶への書き込みも進むはずです。
話をして聞かせる場面と、問い掛けて考えさせる場面、板書して整理する場面をテンポよく重ねるという、当たり前の授業技術には、短期記憶の飽和を予防する工夫が本来的に組み込まれているということです。

❏ そこまでの流れとポイントを板書に残す(再)

区切りをはっきりさせるにしても、「間の置き過ぎ」は好ましくありません。既に処理が完了した(=理解や整理ができた)のに話が次に進まないのでは、退屈&ストレスです。
必要な情報を板書に固定しておけば、処理が遅れた生徒も後でキャッチアップできますので、一定のテンポを保って進めましょう。
前稿でも書いた、「短いサイクルでの問い掛けと板書での情報固定」を確立することに注力するのが好適です。
万が一、短期記憶からこぼれてしまった情報も、黒板上に固定されていれば復元/再入力が可能です。
既に一度は触れられている部分ですので、初めて聞くときよりはるかに飲み込みも良いでしょうし、確認後に整理して板書にしてあることなので、頭の中での再整理にも負担は小さいはずです。
但し、ひとつの「サイクル」が長くなり過ぎては、その間に短期記憶が飽和する新たなリスクが生じます。一つひとつのサイクルをコンパクトにまとめてリスクを回避しましょう。テンポも上がり、退屈しません。

❏ 長すぎる/主述の対応が不明確なセンテンスも要注意

説明や指示に用いるセンテンスが長くなるのも避けたいところ。長くなればなるほど、短期記憶の飽和するリスクは高まります。
主述がはっきりした単純な構造を心がけましょう。書き言葉であれば、読み返しができますが、話し言葉では(動画のリピート再生を除いて)事実上不可能です。
一斉休校などのリモート授業で動画を撮って見直す機会も増えたかと思いますが、ご自身の話を改めて客観的に聞いてみては如何でしょうか。
動画の文字起こしができるソフトも色々とありますが、自分の授業動画を文字にしてみると、どんな構造のセンテンスを発しているか、改めて知ることもでき、どこに気を付けて直せば良いかがわかります。
文字にしても読みにくいと感じるほどのセンテンスの長さでは、耳で聞いてしっかり理解し続けるのはなかなか容易なことではないはずです。

❏ 初見の用語は、視野に提示し生徒に目で確認させる

教室は、基本的に「新しいことを学ぶ場」です。当然ながら初めて耳にする用語も多く含まれるはずであり、周囲のノイズや発生の不明瞭さで聞き間違えるリスクは、馴染のある言葉に比べて大きくなります。
聞き落としや聞き間違いを避けたい「重要語句」は、板書したり、プロジェクタに表示したりすることで、生徒に目でも確認させましょう。
予めスライドを作っておき、クリック/タップのたびにキーワードを順に表示していくのは準備にもそれほど手間はかからないはずです。
説明を終えたときに、「表示されている語句すべてを用い、〇〇字程度で△△について述べよ」という宿題を与えれば、生徒は語句の意味を押さえ直し、説明の理解を深めてくれるという「オマケ」もつきます。
そこまで手間をかける必要がない場面なら、教科書や資料などを広げさせて置き、説明の途中に出てきた語句をひとつ残らずマークアップするというタスクを与えておくのでも良いと思います。

❏ 予めしっかり音読、重要箇所は発問でピックアップ

繰り返しになりますが、教室は新しいことを学ぶ場ですので、「認知の網」が張られていないところで情報を拾い上げるという難しいタスクに生徒は挑んでいることになります。
何の準備(予習)もしていない生徒に、新たに学ぶことを話して聞かせるのでは、聞き漏らしまでは起きずとも、大事な箇所を見誤るリスクはつきものです。
先生が説明をして聞かせる前に、教科書や資料をきちんと読ませることで、これから学ぶことに一度は目を通すようにさせるだけでも、説明のわかりやすさは各段にアップします。黙読ではなく、音読にすることで一字一句に向けられる注意も強くできるはずです。

音読することに要する時間と、後になって聞き落としを補ったり、誤解を修正したりする手間(その後の説明もやり直しが必要かも)を比べてみると、前者の方が小さいことも多々あるのではないでしょうか。
別稿で触れた「大切な箇所をピックアップさせる場面での工夫」は、深く確かな学びの前提たる「着実な伝達」に欠かせません。
事前の通読なしに、指定した箇所にマーカーで色を塗るだけでは、語句を文脈から切り離し、知識の断片化を進めてしまうリスクも抱えます。
その3に続く

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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話し方・伝え方、強調の方法Excerpt: 1 わかりやすい話し方1.0 わかりやすい話し方(序) 1.1 わかりやすい話し方(その1) 1.2 わかりやすい話し方(その2) 1.3 わかりやすい話し方(その3) 1.4 わかりやすい話し方(その4) 2 強調の正しい方法2.0 強調の正しい方法 2.1 強調の正しい方法(その1) 2.2 強調の正しい方法(その4) 2.3 強調の正しい方法(その2) 2.4 強調の正しい方法(その3) 2.5 強調の正しい方法(その5)
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