教科間で行う、課題量の把握と調整(その3)

生徒が抱える課題の総量を適正範囲に収めるように調整するにしても、家庭学習にどのくらい時間を投じさせるべきなのか、合理的に導かれた目安値がないと、増やすか減らすかの判断もつきません。
3年間あるいは6年間を見通した学習指導計画において「この時期にはこのくらいの時間を家庭学習に充てさせる」という目安をきちんとした根拠に基づいて決めたいところ。受験学年で単元進行と入試対策を並行することが多い理社に十分な時間を割けるよう、英数国は2年生までにしっかり土台を固めさせるなどの戦略的判断も必要です。
目安を決めたら、課題をこなすのに必要な時間がその「枠」を超えることがないように、且つ、取り組ませるべき優先順位の高い課題や活動が枠から漏れないように、与える課題を的確に選び出していきましょう。

2015/01/09 公開の記事をアップデートしました。

❏ 家庭学習時間の目標値に合理的な根拠はあるか

課題量を抑えるのか増やすのかの判断は、学年の平均学修時間の目標値を「基準」に行うことになりますが、これまでに設定していた目標値が合理的かどうか、きちんと見直してみる必要があると思います。
平均学習時間の目標は、昭和の時代から「学年+1時間」と表現されたりしていますが、明確な根拠に基づいて数字が打ち出されているケースはあまり見かけません。(単に私の勉強不足かもしれませんが…)
すでに部活動を引退して、自由選択科目の空きコマもあったりする3年生が、2年生と比べて1時間しかプラスにならないのでは、遊んでいる時間が増えていることになりますし、部活や生徒会の中核を担う2年生が1年生のときと比べて「プラス1時間」を実現できるかどうか。
そんなことを考えただけでも、如上の目標時間が「合理的」であるとは言えないように思います。
目標を設定するなら、過年度の家庭学習時間調査の結果と模試成績との相関などを用いて導き出した数字を使った方が、説得力に勝るのは言うまでもありません。「目標設定の根拠」がなければ、課題量の把握と調整に各教科の先生の理解と協力を得るにも難儀しそうです。

・平均学習時間と模試などの成績の相関などから

例えば、科目ごとの週当たり平均学習時間を説明変数に、定期考査の点数や複数回の模試の間で観測された成績変動などを目的変数に回帰分析を行うだけでも、目指したい考査成績/模試の成績伸長を達成するのに必要な学習時間の推定値をはじき出すことができるはずです。
散布図を描いて、近似線が「一定の考査成績」「成績変動がプラス」に達するときの説明変数の値などは「目標値」の一つになるはずです。
解析の結果、相関係数が小さな値しか示さない/プラスの有意な回帰係数が観測されないようなら、これまで課していたタスクが、十分な時間を掛けて頑張っても成績向上に繋がらない内容だった可能性が大です。
なおこの解析は、全教科合算での平均学習時間と模試の総合成績で行ってみても、あまり意味はありません。科目ごとに調べるべきです。
例えば、英語は頑張って成績が伸びているのに、数学はまったくやらずに成績も低迷という生徒の場合、学習時間も成績変化も、英語と数学が互いに打ち消してしまい、実態が数字に表れないからです。
目標となる家庭学習時間が算定されたら、それを足しあげることで、全教科合算の「目安値」がわかります。生徒の日常生活を鑑みて、それが過大なものであれば、各教科で少しずつ課題量を減らす(=優先順位の最も低いタスクを引っ込める)ことで調整を図ることになります。

・第一志望に最後まで挑戦し続けた生徒の足跡から

学校が目標進路に挙げている大学群への出願までこぎつけられた生徒が各学年・各学期においてどのくらい勉強していたかを調べてみるのも、家庭学習の目標値を設定するときの貴重な材料になります。
最終的に願書を提出したということは、相応の学力を身につけて、進路希望の実現に勝算をもって挑める状態にあったということ。合否の結果には様々な不確定要素が絡みますが、「受験本番で勝負できるところまで力をつけること」を目標に、その目標を達成するのに必要な努力量を知ることは、後輩学年の生徒にも、指導に当たる先生方にも有益です。
1年生のときから、時期ごとに行った家庭学習時間の結果を追跡してみれば、第一志望を貫徹できた生徒群について、平均学習時間の中央値や第1四分位数などを算出するのはエクセルの簡単な操作で可能です。
また、これらの生徒と、初期段階の進路希望調査で同じ大学群を志望校に挙げていながら、どこかで進路希望を下方修正した生徒との間には、学習時間に差があったはず。両者の学習時間の差を検定してみて、もし有意差がなければ、間違った方法で勉強をさせていたことになります。

・検証に必要なデータがきちんと揃っていることが大前提

これらの解析で必要になるデータは、きちんと調査やデータの蓄積が行われてきた学校なら、校内を探せばすぐに見つかるはずですが、実際には、調査方法が良くなかったり、データが一括して管理できていなかったりといった事情で、すぐに揃えられないことも少なくありません。
そうしたケースでは、これを機に、調査の方法やデータ蓄積の在り方を見直しましょう。(cf. データをいかに利用するか

❏ 減らす課題/増やす課題の特定にもデータを活用

課題量の調整を図ろうとする場合、当然のことながら、これまでに与えていた課題から「引っ込めるもの」を選び出したり、与えていなかったものから「加えるもの」を決めたりする必要があります。
ここでも、経験則(あるいは山勘)に頼るのではなく、個々の課題/生徒に取り組ませる学習活動について、効果をきちんと検証して、合理的に取捨選択を重ねていくべきです。
効果の薄いもの/疑わしいものに「思い入れ」だけで拘り、大きな効果が期待できるものを組み込む余地をつぶしては、家庭学習に同じ時間を投じさせても、そこで得られるアウトプットは小さいままです。
教科間で生徒の家庭学習時間の枠を融通し合う場面でも、データを用いた「効果検証」の結果を互いに持ち寄った議論を行いたいものです。
各科目の先生方が「この課題はどうしても必要で譲れない」と根拠を示すことなく言い張るだけでは、議論は空回り。優位な立場にある/声がでかい人の言い分が横車を通すようでは、貴重な家庭学習時間の最適な配分は実現から遠ざかるばかりだと思います。

・課題に取り組んだ分の効果が確認できるかどうか

ある課題の効果は、それにしっかりと取り組んだ生徒と、それ以外の生徒との間で、その後のパフォーマンスや取り組みに有意な差が生じているかどうかで、検証ができるはずです。
例えば、予習にある指示を出して、それをきちんとこなした生徒とそれ以外の生徒に分けてみて、指示を出していた期間の前と後の模擬試験の成績の変化を比べてみれば、その効果を推し量ることも可能です。
模試の偏差値の変化量に、両者の生徒の間で有意差が確認できたなら、その指示には一定以上の効果があったことになりますし、有意差がないなら、その指示を出し続けたところで効果は期待薄でしょう。
逆に、取り組ませたことの効果がはっきりしている課題を、競合先の勢いに押されたり、変な遠慮をしたりして不用意に引っ込めては、不利益をこうむるのは他ならぬ生徒です。

❏ 課題量のリアルタイム把握や行事予定とのすり合わせ

こうした手順を経て、家庭学習時間の適切な目標値を決め、課題の取捨選択を重ねて教科間で調整を図ったとしても、それをきちんと守らないことには、取り組みのすべてが水泡に帰します。
戦略が正しくても、実行フェイズでミスや怠慢が続けば、狙った通りの結果にならないのは言うまでもありません。
別稿のように、生徒が現時点でどれだけタスクを抱えているか、学年の指導に関わるすべての先生が互いにリアルタイムで把握できるよう、職員室のホワイトボードに現時点で与えているタスクを見込み所要時間を添えて書き出すのも、決めたことを守るための一手法です。
また、進路指導や学校行事との兼ね合いで、各教科の授業以外で生徒が取り組むことが一時的に増える局面では、通常期より課題を抑えるのが好適です。いずれも前もってわかっていることですので、各教科の学習指導計画を作る際に、しっかりと織り込んでおきたいところです。
こうした態勢を整えても、生徒が抱える課題量が想定外に大きくなってしまうこともあり得ます。そうしたときに、課題の提出期限に柔軟性を持たせたり、いざとなったら引っ込める/任意扱いにするものを予め決めて置いたりするなど、「調整弁」となる部分も作っておきましょう。

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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