生徒による授業評価アンケートでは、講義座学系のみならず、実技実習系の授業でも「難易度」についての生徒の認識を質す項目を置きます。
適切な負荷(背伸びをして到達できるくらいの要求水準)がないと、頑張る意欲も十分に刺激できませんし、楽々とクリアできるタスクばかりでは、振り返りを行っても、より良いパフォーマンスを得るのに必要なことを特定する、課題形成(判断)の材料が揃わなくなりがちです。
この難易度ですが、実技実習系では低すぎる(負荷の不足が疑われる)ことが少なくありません。より高いパフォーマンスを求めるだけでは、能力の個人差から、未達成を増やすだけの結果にもなりかねず、適正な負荷の実現には、別の方向からアプローチを考える必要があります。
❏ 一律で与えた目標より、生徒自身が設定する自分の目標
実技実習系に限ったことではありませんが、生徒の能力には個人差があります。一律に設けた目標では一部の生徒にしか「適正な負荷」は実現せず、他の生徒には「楽に過ぎる」か「手が届かない」のいずれかでしょう。前者には成長がなく、後者は自己効力感を失うばかりです。
必要な発想は、生徒一人ひとりに、次の機会(挑戦)における自分の目標を設定させることです。何かタスクに挑戦すれば成功することも失敗することもあります。その先に「次の目標」を見つけさせましょう。
授業での取り組みとその成果を振り返り、「より良いパフォーマンスを得るには、何をどう学ぶか/どこをどう工夫するか」を考えさせることは、メタ認知・適応的学習力の育成となり、学習の改善に繋がります。
次の授業は、「自分で考えたことをどこまで実現できたか」という観点で達成検証をさせます。考えた通りの結果になることもあれば、試してみたが、その方法では上手くいかないという現実にぶつかることもあるはずです。「改善のための作戦を考える力」もこの中で育てます。
こうした中にこそ、「進捗と改善課題を捉えた学び」が実現し、学習の調整(改善)が進み、結果的に科目学習への自己効力感が高まる(≒苦手意識を克服できる)のではないでしょうか。
この「考える→試す→振り返る→改善する」という学習プロセスは、芸術や体育などの表現活動でも、構成力や伝達力を育む土台です。
❏ パフォーマンスではなく、思考の力で要求を高める
授業の中での生徒に対する要求には、パフォーマンス(=身体能力の発現、記録の向上、より高い表現力や創造性の獲得など)に加えて、認知的側面もあり、思考・判断・調整からなるメタ認知的行動もあります。
体育なら、状況判断(チームプレイやゲームの中でどう動くか)、自己調整(疲労や緊張をどうコントロールするか)、戦術判断(リスクとリターンのバランスをどう取るか)などがこの認知的側面に含まれます。
芸術なら、表現意図(なぜその色、構図、リズム、技法を選んだか)、構成判断(どの要素を残し、どれを削るか)、鑑賞と批評(他者の作品から何を学ぶか、どう味わうか)なども求めているはずです。
これらのアウトプットは身体行動ではなく、思考と言語化によって行われるため、通常の活動とは得意・苦手の分布が必ずしも一致しません。
実際のプレーヤー、表現者としてのパフォーマンスは苦手でも、頭を使った、如上のメタ認知的行動なら強みを発揮できる生徒もいるはず。その力が高まっていくことを実感できれば、学びへの意欲も膨らみます。
家庭科や情報でも、身体能力や表現力などに限らず、思考と構成・判断を含むものとして「目指すべき到達状態」を捉えるべきであり、それぞれについて個々の能力・状況に応じて難易度を設定しましょう。
段取りを考え直す、計画の妥当性を評価する、他者との分担との調整を図る、失敗の理由を振り返るといったことをタスクとして求める中に、難易度調整の可能性が開かれてくるのではないでしょうか。
❏ 相対化の場と思考を言語化させるタスクが指導の中核
このような思考・判断・調整の力を着実に育んでいくのも、日々の指導の中。必要なことをきちんと整理し、一つひとつ整えていきましょう。
正しい振り返りには、何はともあれ「相対化の場」(成果を発表し、相互評価などを行う機会)が必要です。彼我の違いを知る機会がないと、これまでの自分に足りないものの所在に気づけません。
成果発表会は、生徒に頑張りの場を与えることを目的に置かれていることが多いようですが、本当の狙いは、振り返りに必要な相対化スキルを養うことにあり、発表会は「他者のアウトプットに触れて、自分に足りなかったものに気づく機会」と位置づけましょう。
こうした気づき(思考の一種)を促すには、漫然と他者の成果を眺めさせるのでは不十分です。前段に並べたような思考に誘導する「問い」を与える必要があり、リフレクション・シートにそうした文言をガイドとして調えられるかで、その成果には大きな違いが生じます。
また、生徒一人ひとりがその場で得た気づきは、相互啓発の貴重な材料です。自分だけでは見逃していたことに、周囲の誰かが気づいてることは多々あり、ログを通して、その気づきに触れることで、ものの見方、考え方が大きく拡充します。
生徒がどんな内省をできているか、ログを通して把握することは、メタ認知・適応的学習力の獲得状況を探るためにも不可欠。その中で見つけた好適な記述は、クラスや学年でシェアするようにしましょう。
ここまで書いてきたこと以外にも、評価基準そのものを修正することで難易度を正しく設定することも可能です。ルーブリックに照らして生徒の行動や成果を評価したときに、A評価が一定以上の割合になるようなら、その上にS評価をおき、成長を止めさせないようにしましょう。
別稿「進歩を止めさせない自己評価の在り方」もご参照ください。
■関連記事:
- 予想と違う結果がでたときにこそ~実験などの場面で
- 振り返りはプロセスを分解して~失敗から正しく学ぶ
- リフレクション・ログから読み取る”評価者スキル”
- 生徒は「振り返り」を効果的に行えているか
- 答案のシェアや発表で相互啓発を正しく働かせる
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一