記憶に格納する知識、外部参照する知識(その1)

教育の強靭(じん)化に向けてと題する文部科学大臣メッセージが発信されたのは平成28年(2016年)5月のこと。各方面からの「討論や発表などを増やすことが結果的に覚える知識量の減少につながる」という懸念に対して「脱ゆとり」路線の再確認を行う必要がありました。
そこでは、「人工知能(AI)の進化など情報化・グローバル化が急激に進展する不透明な時代をたくましく、しなやかに生きていく人材を育てる」という主旨のもと、以下の2点がポイントに挙げられています。

  • 知識と思考力の双方をバランスよく、確実に育む
  • 学習内容/知識の量を削減しない

既に新課程への移行も終わりましたが、学ばせることの多さが足枷となってか、新しい学力観が求める学ばせ方(各単元の内容を学ぶ中で能力や資質の獲得させるための学習活動[課題解決や対話協働]を適切に配列した授業デザイン)への転換が遅れているケースも見受けられます。
ここであらためて、当時の議論に立ち戻ってみることは、新課程移行後の学習指導を振り返ってみる上でも有益かと思います。

2016/05/13 に公開した記事を再アップデートしました。

❏ 効率化と「残業(授業外学習)」以外にも解決策を

科目の新設(「歴史総合」「地理総合」「公共」「理数」)や再編、総合的な探究の時間など、やることが増える一方で、それらを扱う授業時間数は決まっており、「必要に応じて増やす」わけにもいきません。
 cf. 高等学校学習指導要領の改訂のポイント(文科省HP)
枠が大きくならないところに、より多くのものを収めるとなると、考え得る解決策は以下の3つの中からの選択/組み合わせになりそうです。

  1. 無駄を省く(伝達などの効率を高める/重なりをうまく利用する)
  2. 生徒が個々に取り組めることは授業の外に持ち出す(家庭学習)
  3. これまで課していたタスクの要否を改めて考える(取捨選択)

1.では、ICTの活用に加え、学びの重なりを上手に利用したコンパクトな学校経営が求められ、2.では、「教材に書かれていることは生徒自身に読んで理解させる/知識の獲得は個人の活動を通じて」というスタンスへの切り替えができるかどうかが問われるところだと思います。
一方、3. では、これまで生徒に求めていたことについて、「本当に必要なのか」を改めて考えてみる必要が生じます。
以前は全員一律に課していた「知識の拡充」も個々のニーズに合わせて行うことに加え、知識群も「すべて覚える」とひと括りにせず、「記憶に格納させるもの」と「外部に参照手段を確保させるもの」に分けて、それぞれ扱いを変えていく必要があると思います。
教育課程上の科目配置や各教科の単元配列といった大きなところから、日々の授業での個々の項目の扱いまで、あらゆるところに目を向けないと、「同じ枠でより多く」という新課程の要求は満たせません。

❏ 知識を2つのタイプに分けて考える

各科目の年間指導計画を練ったり、日々の授業をデザインするときに必要な発想は「知識には2つのタイプがある」ということだと思います。
1つは、個人の記憶の中に格納されているもの。
こちらは「認知の網」の大きさと密度を決めるもの。人の脳は、理解しているものしか認識できませんから、一定水準の知識は、きちんと理解させた上で、記憶の中に保持させておく必要があります。
また、外部参照の手段を上手に使う/必要な情報を検索して入手するにも、自在に想起できる知識(用語など)は不可欠なはずです。
ふとしたことに触発されて新たな発想を得るときに働いているのは、頭の中に蓄えられていた記憶です。十分な知識が充填されていなければ、ヒントになり得た刺激(情報)も頭の中の「網」を素通りします。

2つめは、外部に参照手段を確保し、必要に応じて利用するもの。
記憶の中に保持されていない(初めて見聞きするもの、忘れたもの)知識でも、外部の参照手段を適切に利用できれば、たいていの場合(口頭試問や面接などの特殊な場合を除き)、問題にはならないはずです。
そもそも、科学の進歩、学問の進展、社会の変化で、知識は加速度的に増えていきますので、とても覚えきれるものではありません。
知識は増大すると同時に、日々更新されていますので、覚えたままの知識だけでは、却って誤った答えを導くリスクすら抱えます。最新の情報/知識を常に参照し、利用できる方がメリットは大きいかも。

❏ 外部参照を使うには「記憶に格納した知識」 が必要

今や生徒も含めてスマホやタブレットを持たないのは少数派。誰もがWEB上の膨大なデータベースを持ち歩いているようなものです。
しかしながら、そのデータベースを効率的に/適切に活用できるかどうかは、個人の頭の中に構築された理解や知識によるところが大です。
解決すべき課題を目の前にして、外部参照を行うにも、検索ワードとなる用語すら思い浮かばないのでは手は止まったままでしょう。
課題に含まれる情報を「記憶に格納された知識」に照らして分解し、理解の及ぶ範囲で情報を検索していくときに、それまでに学んでいたことが土台となるのは言うまでもありません。
また、検索して出てきた結果が正しいかどうか、信頼に足るものかどうかを見極めるには、ある程度の知識と根本的な部分の理解が必要です。
でたらめな論法で導き出された「結論」をスクリーン上で目にして、それを鵜呑みにする愚は犯したくも、犯させたくもありません。
すべての教科をしっかりと学んで認知の網を張っておくことが、外部の情報を上手に参照/利用するための土台を作るということです。

❏ 外部参照のきっかけを作るのは解決すべき課題の存在

知識や情報を、文献やWEB上のデータベースに求めようとするのは、何か解決しなければならない課題を抱えているときだと思います。
外部参照の方法と姿勢を学ばせるには、解くべき課題/答えるべき問いを与えて、その必要を迫るところが指導の入り口になります。
玉石混交、真偽不明の情報の塊から、信頼に足る情報、眼前の課題を改善し得るものを選び出す力を身につけるのも、そうした機会を通してのことです。
情報を参照/評価/選択するスキルがどれだけ身につくかは、どれだけ課題解決の場を作り、思考に向かわせるかにかかっています。
PBL(Project Based Learning:問題発見解決型学習)型の授業への転換を図れば、思考力に加え、外部参照のスキルの獲得も進みます。

❏ 頻繁に参照する中で、再記銘が図られ、保持が進む

頻繁に参照する機会がある項目は、それだけ重要なものということになりますが、参照するたびに再記銘の機会を持ちますので、記憶への刻み付けも進んでいきます。
大事なことは、ことさら「覚える」ことに意識を偏らせずとも、「記憶に格納」され、やがて自在に想起できるようになるということです。
既習内容の定着が覚束ないときも、問い掛けて参照型副教材のページを開かせるようにすれば、周辺の関連知識も含めた再記銘が図れます。
覚えることを繰り返していけば、「覚える力」も徐々に高まっていき、知識拡充が必要な局面を迎えたときも負担は小さくなるはずです。
学びを進める先で幾度も出会うことが予想されるものは、意識的に参照機会を作り、しっかり記憶に刻ませましょう。その後の参照の手間も省け、冒頭に書いた「決まった枠により多く」の実現に近づけます。
最初から「記憶に格納する知識」の拡充を図るのではなく、外部参照可能な範囲を先行して拡げておき、日々の学びの中での参照を重ねさせることで、記憶への格納を徐々に増やしていくのが好適と考えます。
その2に続く

このシリーズのインデックスへ(未更新)

画像

出典: http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/28/05/1370648.htm
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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