教室内での問答や討論などで実現される「対話的な学び」は、生徒が互いの知識や経験、発想や気づきを交換することで学びをより深いものにするのに加え、一人では解決できない課題に取り組むときに「集団知」をどう生かすかを学ぶのにも欠かせないものです。
しかしながら、対話が盛り上がったかどうかと、一人ひとりのうちに学びの成果が蓄積され、深く確かな学びになっているかどうかは別の問題です。集団としての調和が生まれ、学習活動が盛り上がったことに満足していては、学習を通して本来目指していたものが達成できないリスクを抱えることになりそうです。
カギになるのは、個人で取り組むべきことにきちんと取り組ませることであり、そこには「対話に参加するまでの準備」と「対話を終えた後の学びの仕上げ」の2つがあると思います。
2017/07/04 公開の記事をアップデートしました。
❏ 学習の目的は、個々の生徒のコンピテンシー獲得
言うまでもありませんが、学習を通じて目指すのは、一人ひとりの生徒ができること(=コンピテンシー)の増大を図ることです。
教室がどれだけ活気に満ちたものであろうと、学びに参加した生徒の一人ひとりの中に、三要素からなる学力(「生きて働く知識・理解」「思考力・判断力・表現力」「主体性・多様性・協働性」)が形成されていなければ、授業はその目的を達したことになりません。
グループやクラスなどの学びのコミュニティを離れたあと、生徒はひとりで課題解決に臨んだり、他のコミュニティに参加して課題解決の場になんらかの貢献をしなければなりません。
話し合いの中でグループとしての答えが出せたとしても、他の生徒の発言に乗っかっているだけの生徒(=フリーライダー)の内には問題解決に必要なものが作られていないかも。学びの成果を教室の外に持ち出そうにも、何も持っていないことになりかねません。
グループワークで何となく答えが出来上がっても、その過程に自分が能動的に関わった/貢献できたという自覚が持てないことにもやもや感を抱いたり、何かができるようになったという自覚を持てないでいる生徒もいます。
❏ 対話は盛んでも学力向上が実感できない授業
下図は、複数の学校で行った授業評価アンケート(質問設計は同一)のデータで作成したものです。縦・横の各軸に置いたのはそれぞれ以下の質問への回答を得点化した結果です。
横軸: 話し合いなどの協働で、気づきや学びの深まりが得られる。
縦軸: 授業を通し、学力や技能の向上、自分の進歩が実感できる。
マーカーは個々の授業を表しますが、見ての通り、両者は「比例」にはほど遠く、上下方向への分散はかなり大きなものになっています。
近似線から下方に大きく離れた授業は、「対話を通していろんな気づきや学びがある」と感じながらも「学力が伸びているかと聞かれると不安だ」という生徒が多い授業ということになります。
せっかく用意した協働で学ぶ場が、集団としての調和に終わり、個々の生徒の学びにつながらないような事態を避けるには、様々な方策を複合的に講じる必要がありますが、中でも徹底したいのは以下の3点です。
- ペアやグループでの活動の前に、個人でしっかり準備させる
- 相手が固定しないよう、フォーメーションを頻繁に変更
- 対話を終えたら、課題に立ち戻り自分の答えを仕上げさせる
・協働に臨む前に、個々の生徒がしっかり準備
問いを投げかけたり、お題を示したりしてすぐに、「さあ、話し合ってみよう」と指示しては、生徒はわからないことを調べたり、考えたりする準備ができません。
これでは、すぐに答えを見つけられた生徒(もともと学力的にアドバンテージのあった生徒)の独壇場になり、他の生徒はその答えに乗っかっているだけになりがちです。
前者の生徒も他者からの意見や気づきを受け取れず、自分が考えついたこと以上に学びは膨らみませんし、後者の生徒は先生の説明を聞くのと大差のない学びしか経験できないことになります。
問いや課題を与えたら、まずは個々の生徒が頭の中と手持ちの教材にある知識をかき集め、答えを考えるだけの時間を与えることが大切です。
授業内だけでは十分に時間が確保できないなら、前時の授業の終わりに指示まで済ませておき、次回の予習として対話に参加する準備をさせるという手もあります。
・メンバーを固定せず、フォーメーションは頻繁に更新
グループワークなどでメンバーが固定すると、それぞれの役割も決まってしまいがちですし、互いが受ける刺激(啓発)にもバリエーションは小さなものになります。フリーライダーも生まれやすいはず。
あまりやる気を見せない生徒と長く組んでいたら、学びを深めるチャンスを失ってしまうかもしれません。
様々な相手とチームを組め、その場で自分に期待される役割をしっかり自任してそれを果たそうとする意欲と姿勢もまた「協働性」の一つですから、フォーメーションは定期的に更新するようにしましょう。
・対話を終えたら、課題に立ち戻って答えを仕上げ
協働での課題解決を図るべく話し合いを重ねているうちに「何となくふわふわとした答えらしきもの」を見つけたとしても、生徒一人ひとりがきちんとわかっている/理解を形成できたとは限りません。
課題に立ち戻り、答案として仕上げる(=他者の理解と共感を得られるような表現を与える)ところに踏み込んでこそ、気づかずに残っていた不明の所在を知り、その解消に向けた行動を起こしたり、さらなる問いを見つけて考察を深めていくことができます。
・新たに生まれた興味を起点に図る「学びの拡張」
また、協働で取り組む「共通課題」だけでは知的意欲を満たしきれない高意欲群の生徒もいるはずです。
協働や対話の中で見つけた新たな興味を掘り下げるところには、深い学びと主体的に学ぶ姿勢が生まれますので、そのチャンスを生かせるよう指導計画の立案段階からしっかりと「学びの拡張」を考えましょう。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一