平成28年に出された馳文部科学大臣のメッセージ「教育の強靭化に向けて」 では、従来と変わらない時間枠の中に、思考・判断・表現の各要素を織り込み、主体性・多様性・協働性を身につける場を設けながら、学習内容は減らさないという方針が再確認されました。
知識・技能を整えてから、思考力・判断力・表現力を鍛えて、という段取りでは所定の指導時間には収まらないことになるのは容易に予想がつきますし、主体性・多様性・協働性を育む機会を別に設けると考えてしまっては、それこそ時間切れが確実ですよね。
学力の三要素が、互いにどのような関係を持ち、相互作用を持つかを捉え直さないと、指導計画の根本で間違えそうな気がします。
❏ 3つの要素が互いに及ぼす作用
さて、学力の三要素という用語もすっかり定着したように感じる昨今ですが、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性・ 多様性・協働性」 を並列して記述することに何となく違和感も覚えます。
3つの要素とも、学習者個人のうちに形成されるものですが、各要素間の関係、それぞれの要素が他の2要素にどのような役割を提供するのかちょっと考えてみたいと思います。
❏ 答えを作る工程と、そこで用いる道具・材料
知識・技能は、思考力・判断力・表現力を働かせるときに道具や材料となるものです。
だから、課題解決を図ろうとする思考・判断・表現の各工程で、道具や材料が足りないことに気づくことで、それらを手に入れるための「調べる、教わる」 といった必要を感じ取ることができます。
家を建てようとして、もし足りない建材があることに気づいたら、木材を調達し加工すれば、組み立ての作業が再開できるのと似ています。
何を建てるかも決まっていないのに、パーツを作って集めるのが延々と続いたら、それは嫌にもなるでしょう。
NG | 十分な時間をかけて知識・技能の獲得を与えた後に、別に課題を与えて、思考力・判断力・表現力の獲得に進む |
OK | 課題解決の中で思考・判断・表現を行いつつ、教えたり、調べさせたりして、必要な知識・技能を獲得させる |
❏ 能力を発揮する基盤が、第三要素
一方、主体性・多様性・協働性とは、第二要素(思考力・判断力・表現力)に列記された能力群を十分に発揮するための基盤を形成するものではないでしょうか。
「思考力」は、解決すべき課題があってはじめて発動し、課題解決に向けた協働の中で、対話を通した気づきの交換で拡張が図られます。自分ひとりで考えていただけでは、思考の行き詰まりを突破する新たな発想はそうそう簡単には出て来ませんよね。
「判断力」というのは、多様な価値と交わり、自己を相対化することでその軸を持てるもの。対立する意見が土台にしていることを知り、何に価値を置くかを考えることで正しい判断ができます。独善とか思い込みと真っ向にあるものではないでしょうか。
「表現力」は、伝える相手と伝えたい意志・主張があってこそ必要となるものです。探究して明らかにしたものをコミュニティの共有知とする場面や、協働で課題解決を図るとき、多様性を獲得する場面でこそ必要になり、身につくものだと思います。
❏ 主体性・多様性・協働性はどう定義する?
そもそも、主体性・多様性・協働性という言葉自体、何を指すものかあまり深く考えないまま、独り歩きしているかような気がします。
これから先、指導を当たるとき、授業を設計するときには、しっかりと言葉で説明できないと教員間での議論も空回りしかねませんし、生徒に話して聞かせる場面でも行き詰ることが出てくるかもしれません。
もちろん、言葉そのものの定義は辞書を引けば出ていますが、…。
数年後に迫る高大接続改革を前に、「学校の教育活動において獲得を目指す資質としての定義」 を自校内でもあらためてはっきりさせておいた方が良いかもしれません。
❏ 現段階での定義(暫定版)
私自身、まだ考え始めたばかりで「これは!」 という定義文が作れませんが、現段階での暫定解はこんな感じです。
主体性 | 課題解決に向け、何をすればよいか決まっていない中でも、自分の役割を考え/引き受けようとするときの判断軸をもつこと |
多様性 | 様々な立場や価値観が存在することを理解(相対化)、許容し、参加するすべての人が受け入れられる解決策を目指す姿勢 |
協働性 | 個人が持つ知識、経験、気づきだけで対処できない課題に対し専門性や発想を互いに持ち寄ることで解決を図る姿勢・資質 |
きちんと定義をしておけば、それらを満たしたときに生徒がどんな行動をとるかをイメージして評価規準として書き出す土台にもなります。
語句(思考力とか、主体性とか)を語句のままにせず、センテンスの形で定義や説明に書き出してみることは、生徒に対する目標提示や評価を行うときも欠かせない「準備工程」ではないでしょうか。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一