学習方策の獲得はどこまで進んでいるか

新課程への移行を機に「主体的、対話的な深い学び」の実現が進んだと思いますが、検証の材料(授業評価アンケートや活動評価の結果に加えて、ポートフォリオの各種ログなど)を揃えて進捗を確かめましょう。その中で見つかった「好適実践」の共有も着実に図りたいところです。
本稿と次稿では先ず、「主体的な」に焦点を当てて授業評価アンケートの回答データの解析と考察を試みます。主体的な学びは、生徒が学ぶ意欲や学ぶことへの自分の理由(目的意識)を持ち、自立的に学びを進められるだけの土台(学習方策)を備えてこそ実現するものと考えます。

❏ 目的意識と学習方策についてのアンケート項目

当オフィス監修の「生徒による授業評価&生徒意識アンケート」をご利用の学校でも、質問設計を「新課程対応版」に切り替えが進みました。
主体的な学びの実現度を測るための質問文は以下の2つで、回答は{とてもそう思う(4点)~まったく思わない(0点)}の5択です。ちなみに、講義座学系と実技実習系の双方に共通して組み込みました。

学習方策: この科目の学び方や取り組み方が身についたと思う。

目的意識: 自分なりの課題や目的を持って日々の授業に臨んでいる。


なお、アンケートは【学習効果】「授業を受けて、学力の向上や自分の進歩を実感できる」を目的変数に、それに有意な寄与が確認された項目群と組み合わせて10の質問で全体が構成されています。

観点別学習状況評価では、「学びに向かう姿勢」にも2つの観点(自らの学びを調整しようとする姿勢、粘り強く学習に取り組む姿勢)を設けて生徒の行動を観察しますが、生徒の自己認識も質してみましょう。
前者(学びを調整する姿勢)を得た生徒には、一定期間を経れば「学習方策の向上」が観測されるはずですし、生徒自身も手応えを得るはず。学ぶことへの自分の理由(=目的)を見つけた生徒は、後者(粘り強く取り組む姿勢)を見せてくれるはずです。

❏ 学習方策の獲得と学力の向上感は「概ね」一致

下表は、【学習方策】と【学習効果】のクロス集計の結果です。

学習方策と学習効果0819.png


前者で「とてもそう思う」と答えた生徒の9割近くが後者でも「授業を受けて、学力の向上や自分の進歩を実感できる」と明確に答えていますが、前者への答えが弱含みになるにつれて、学力の向上や自分の進歩を実感する度合いも弱まります。
学習方策に関する質問への回答ごとに、学習効果の得点の平均値を比較してみると下図のようになります。マーカー(◇)から上下に伸ばした線は、標準偏差の大きさを表します。


如上の質問(学習方策)に、AまたはBを選んで答えられる状態を維持すれば、生徒が授業を受けて学力の向上や自分の進歩を実感しやすくなります。別稿のデータに照らせば、そうした実感は科目への興味や学び続ける意欲の向上に寄与するはずです。

❏ 定期的に生徒の自己認識を確かめておきましょう

主体的な学びに向かわせる工夫の重ねているフェイズでは、授業中、定期的にミニアンケートを行い、如上の質問をぶつけてみましょう。
もし、「学び方が身に付いているか自信がない」という生徒が一定以上を占めているようなら、生徒は丁寧に教えてもらって理解を重ねているだけで、自力で不明を解消したり、新たな理解を築き上げたりする力を十分に身につけていないのかもしれません。
日々の授業において、丁寧に説明を重ねて教えきる前に、生徒に課題を与えてその解決に必要な知識や情報を集めたり、テクストを読み自力で理解したりする練習の場を設けるようにする必要がありそうです。
別稿の通り、学習方策は課題解決を通して身につくものです。
実際、「先生の説明はわかりやすく、指示に戸惑うこともない」かを尋ねる【指示と説明】と【学習方策】との相関係数はクラス別集計値ベースで 0.5 をようやく超える程度であり、「わかりやすさ」と「学び方の確立」が共起していない授業も少なくありません。
また、入学直後には高い割合を占めていた「この科目の学び方や取り組み方が身についたと思う」と答える生徒が、学年・学期が進むにつれて減少していく傾向が見られます。
割合の落ち込みが大きくなりがちな時期は、教科によって多少の違いがあり、定点観測を通し、学び方に自信を失うリスクの高い時期を特定しておけば、前もって有効な対策(予防策)も講じやすくなるはずです。

❏ 学力向上感は十分でも学び方に不安を持つ場合も

科目固有の学び方を身につけさせれば学びの成果が上がりやすくなるというのは、わざわざデータを集めずとも直観で予想がつきますが、前掲のクロス集計表には注意しなければいけないデータも示されています。
前述の傾向を踏まえると、学習方策と学習効果が一致する(例えば、双方ともA)セルの値が最も大きくなりそうなものですが、実際には{学習方策=学習効果}となるセルの左隣のセルの値も小さくありません。

学習方策と学習効果0819_2.png


表全体を見渡しても、左上から右下に通した点線(赤)の上側/右側の数字は小さめで、下側/左側の分布が膨らんでいます。
データをそのまま読むと、「授業を受けて学力はついている気がするけど、科目の学び方がきちんと身についた自信はない」と答える生徒が少なくないということになります。
学習方策が身に付かないままでは、学びのステージが先に進むにつれて自力で学ばなければならないこと/解決しなければならないことが増えてきたときにも「教わることに頼った学び」にならざるを得ず、困ったことが起こりそうです。

❏ 自ら学び続けられる生徒に育てるためには

受験期を迎えて進路希望の実現を目指すフェイズに踏み込めば、学びは自ずと個別化します。必要な情報を集めて知識に編んだり、課題解決に必要な手立てを自力で立案したりできるようにしておくことが、円滑で実りの多い将来の学びを確かなものにするのではないでしょうか。
ましてや、先生方のサポートとフォローが届かない卒業後には、生徒はすべてを自力でこなさなければなりません。自ら学び続けられる生徒を育てることもまた、重要な指導目標の一つだと思います。
学び方に自信がなくても、学力が伸びている実感を持ててさえいれば、生徒は自らの学習者としての状況に危機感をもたないかもしれません。
教わったことを忠実に行っていれば、ある程度までは学習内容の理解に躓くこともないでしょうが、その状態に安んじては「学習者としての自立」も「主体的な学び」も実現が不確かなものになってしまいます。
授業評価アンケートなどを機会に「学び方の獲得」について生徒の認識を定期的に把握することで、そこまでの指導成果の確認と、これからの指導方針の立案に、確固たる根拠/エビデンスを持ちたいものです。



如上のクロス集計表に加えて、クラス別の換算得点平均を算出して全校で/教科内で{学習方策×学習方法}の散布図を作ってみると、各授業での相対的な位置が確認できますし、双方で高い評価を得ている授業も特定できます。該当する授業の実践を研究して効果的な指導法を抽出して教科内/校内で広く共有を図れば、「主体的な学びの実現」「学習者としての自立」を目指した学校全体で取り組む授業改善にも一層の弾みがつくのではないでしょうか。

教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一