教師という仕事をしている以上、相手に行動の変容を促さなければならない場面は日常の至る所にあろうかと思います。各教科の勉強や探究活動などへの取り組み方、進路選択に臨む姿勢、生活の態度や習慣など、指導/説得が必要な場面と対象を挙げていけば、まさに「際限なし」ではないでしょうか。
しかしながら、こうした指導/説得が意図した通りの結果にすんなり結びつくとは限らず、ご苦労も絶えないところではないかと拝察します。
❏ 正論をぶつけても、返ってくるのはブーメラン
相手の行動や態度を改めさせようとするときに取られている行動の多くは、以下のいずれかに大別されることが多いかと思いますが、いずれも上手くいくときばかりではないように思います。
a. (取るべき行動を)指示や助言の形で示して、それに従わせる
b. (好ましくない行為や態度を)注意して/叱って、改めさせる
a. の「指示に従わせる」のは、相手が自分なりの考えを持って行動している場合、価値観の競合なども起きます。
考え方からアプローチしなければいけないときに、行動だけを改めさせようとするから失敗することも多いのではないでしょうか。
指示に従わせるだけでは、状況が変わったときに対応を自分で考え出せるようにならないことも問題だと思います。
b. の「注意して改めさせる」のも、相手が(たとえ方法は間違っていても)前向きに取り組んでいるときには、何らかの反発が予想されます。
自尊心を傷つけることもあり、好意からの助言なのに相手が頑なな態度を取るようになってしまった経験もあろうかと思います。
それまでの行動がダメであることも、なぜダメなのかも頭でわかっていても、助言や注意を受け入れることそのものに抵抗を感じてしまうことは珍しくありません。もしかしたら誰にでもあることかも…。
正論は、いかにポジティブなものであっても(ましてネガティブなものならば猶のこと)、往々にして相手の反発(ブーメラン)を招きます。
❏ 意見、行動、態度を改めさせるための3要件
他者を説得(辞書的な定義は「コミュニケーションによって、受け手の理性や感情に働きかけ、相手の自発性を尊重しながら送り手の意図する方向に受け手の意見、態度、行動を変化させること」)するには、
- 問題を正しく整理できるよう、対話を通じて支援すること
- 視野を狭めている拘りや思い込みから離れるきっかけを与えること
- 提案に沿って聞き手が取る行動や態度が具体性を備えていること
などが要件になると思います。生徒を指導する/考えや行動を改めさせようとする場面で上手くいかないときにも、これらを満たせているか冷静に振り返ってみると、突破口が見つかるかもしれません。
1.では、表層に現れている問題と背後にある原因との切り分けを促すことが助けになることが少なくないように思います。
結論を急がず、問題は何かを改めて本人に尋ねるところから始めて、問題を切り分けたり、原因を探ったりする問いを重ねていきましょう。
教科学習指導でも、問いを重ねることが学びを深めますが、他の指導場面でも同様の手法は有効です。相手の発言を整理(言い換えなど)しつつ、前の発言の根っこにあるところに迫っていきましょう。
根っこの問題にアタリがつけば、その解消に向けた選択肢にも思いつくところが増えるはず。その中で、生徒自身が「取るべき行動/考え方」に気づいてくれれば、指導/説得は半ば成果を得ています。
当事者が状況を一番わかっているとは限らず、むしろ視野を狭めていがちかも。周囲にいる「他人」が対話で視野を補ってあげましょう。
2.では、解決すべき課題に応じて様々なアプローチを使い分ける必要があるように思います。
ロールプレイは、立ち位置を変えて、大事だと思っていること/こだわりを一時的に離れることで、新たな見方を得るための手法です。
周囲と対立や軋轢が生じているときなどにも、自分の言動が周囲に及ぼしている影響を客観的に捉え直させることができるかもしれません。
また、自分を取り巻く状況を正しく知るために、様々な資料に当たってみることや、データを集めてみるのも有効だと思います。
先輩たちや周囲の生徒がポートフォリオに残したログなどを読んでみることでも、より広い視野で物事を考える機会が得られたりします。
凝り固まった見方で、別の選択肢に目が向いていないこともあるでしょうし、分岐があることを見落としていたり、障害を取り除く策も考えもせずに「行き止まり」と早合点していたりするものです。
3.を欠くと、現状に問題があることだけ突き付けられながら、具体的にどうしたら良いか見つけられず、追い詰められてしまいます。
相手が「自分にもできそうだ/やってみても良いな」と思えるタスクを選択肢として示し、やるかどうかは相手の選択に任せるのが好適です。
ここで前提となるのは、効果的な手札をたくさん揃えた上で、その場に適したものを選び出せること。先生方がそれぞれに勉強してきたことを教科や学年の中で共有できると、手札は大きく増えるはずです。
生徒も、試してみて上手くいけば、自己効力感が高まり、その先にあるより高いハードルにも挑む意欲も湧くというものではないでしょうか。
自分自身で「やってみる」という選択をした以上、他者に主体性を侵されたとの認識も持たずに済むはず。「従わされた」というネガティブな感情は、後々あまり面白くないことを引き起こしがちです。
❏ 指示や助言より、問いを投げかけるのが有効なことも
相手が気づいていない問題点や見逃している可能性などは、こちらからズバリ指摘するのが効率的に思うかもしれませんが、指摘された側には欠陥を批判されたような複雑な気持ちも生まれがちです。
一方、指導者の側が「このへんはどうなっているのかな?」と教えを乞う姿勢で訊いてみると、相手は「教えてあげなきゃ」と思うもの。懸命に答えを探す中で、自分の見落としに気づいたり、新たな考えを得たりすることも多々あります。
進路指導をしていれば、ろくに調べもせずに安易に進路を決めようとする生徒もいるかもしれません。探究活動の指導でも、おかしな実験の結果で検証できたと思い込んでいる生徒もいそうです。
そうしたときにも「指示や指摘」という手段の代わりに、「問い掛け」を使ってみるのも良いのではないでしょうか。
答えはその場で求めずに、翌日や数日後など、少し時間を置き、生徒が自分の考えを整理できるのを待ってあげるのも好適です。その場で引き出した答えには「未消化」の部分が残っているかもしれません。
普段から使い慣れている「指示や指摘」という手段は、問い掛けても狙った反応が引き出せない時の切り札として取っておきましょう。
自ら考え判断できる生徒に導く(=内省の方法を学ばせる)のにも有効なアプローチだと思います。
その場の選択や判断に「正解」を先回りして示さず、相手が状況を正しく把握するのに必要な材料(資料やデータ)を揃え、次に取るべき行動を考えるきっかけを持たせることに注力すべき場面もありそうです。
別の言い方をするなら、「相手の内省/メタ認知がきちんと働くような仕掛けを講じ、どうすれば良いかを考えるように仕向ける」ということです。新課程で導入が進む(はず)のポートフォリオを使った指導は、指導/説得の場でも効果を上げる可能性があるのではないでしょうか。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一