最終学年の夏を過ぎて「受験期」を迎えると様々な目的と課題を持った生徒が一つの教室で机を並べる状態になります。個々の生徒の力を最大限に伸ばすには、選択的な課題付与などを通じた「学びの個別化」への対応も大切ですが、それと同時に、生徒が互いの頑張りを支え合う学びのコミュニティも維持しなければなりません。
新学期もまだ始まっていないこの時期に何で?との反応も想像いたしますが、新年度の初日から、秋からの教室をしっかりとイメージして、そこに向けた準備を進めていく必要があろうかと思います。
2020/02/19 公開の記事をアップデートしました。
❏ 学力差の拡大を見越して事前に打つべき手
どんなクラスでも学力の差はあり、時間の経過とともに拡大していく傾向がありますが、受験期を迎えるとその拡大は一気に進みます。
切り替えがスムーズに進んだ生徒と立ち遅れた生徒、自分に合った学び方を見つけられた生徒と迷いの途上にある生徒とでは、授業を進めるときに前提にできることの違いがどんどん膨らみます。
新しいことを学んでいくときの土台となる知識や理解が生徒間でバラバラ、先生が手を差し伸べないと転んでも起き上がれない生徒も散見される、負荷耐性も生徒間で大違いといった状態では、集団を対象に行う学習指導はうまく機能しません。
事前に調えておきたい要件は、知らないことわからないことがあったときに生徒が自力でその解消を図れるようになっていることです。別稿でも触れたように、生徒自身が「情報を集めて知に編む作業」を繰り返す中で、知識獲得の方法に予め習熟させておく必要があります。
進級後に新単元を学ばせる中でも、既習内容の確認は、問い掛けで行うことを徹底し、教科書やノートの該当箇所を反射的に参照する習慣を身につけさせておきましょう。参照型教材を徹底して使い倒すことを学習させておくことも重要です。
❏ 教え合い・学び合いの習慣を失わせない
生徒同士の教え合い・学び合いも、学力差からの悪い影響を抑える上で大きな役割を持ちます。入学間もない頃は積極的に教え合っていたクラスも、そうした場を持たない期間が続くとその姿勢を急速に失います。
クラス内で生じた学力・学欲差への対処法(全6編)でもご紹介いたしましたが、「ある程度の学力差は学習成果の総量を増やす」ことを示唆するデータもあります。
ある課題をクラス全体に与え、完答できた生徒は「先生役」に昇格してもらい、他の生徒の疑問や不明の解消を手伝わせるようにしましょう。
先生役に回った生徒は、自分が理解したこと、考えたことを言語化することで理解と思考を深め、表現力を高める場を得ますし、教えられる側の生徒も、教科の専門家である先生方の言葉より、立場の近い者が一度咀嚼して出てきた言葉の方をわかりやすく感じることもあります。
受験期にそんなのんびりしたことはできないとの反論をいただくこともありますが、新課程への移行で「協働で課題解決に取り組む場での言語活動(コミュニケーション)」がこれまで以上に重視される中、教室での対話は、受験期を迎えてもなお、積み重ねていくべきだと思います。
対話を通して交換される知識や発想は、思考を深めると同時に、多様な意見を踏まえた上でのより正しい判断のためにも欠かせません。学年や学期が進んで学びが高度化するときこそ、対話的な学びをより高い次元で実現する必要があるのではないでしょうか。
❏ 躓きの原因も多様化~事前の観察でそれぞれに対応
躓きの原因も多様化、複雑化しますので、それぞれに応じた対応策が必要になるという難しさもあります。
教わった解き方を覚えて答案の上に再現することに偏る生徒もいれば、自分の学びを振り返ってより良い状態に向かうためになすべきことを特定できない生徒もいます。決まった時間に机の前に座る習慣がない、細切れの時間をうまく使えない生徒もいると思います。
こうした問題は、受験期を迎えて初めて気づいても打てる手は限られてきますので、最終学年を迎えた/迎える段階で一度点検を行い、解消すべき問題を抱えているようなら、生徒自身にそれをきちんと認識させて改善に取り組ませる必要があります。
鍵になるのは、進級を挟んだ時期に行う、先生方による行動観察と生徒自身による学習行動の振り返りです。もしかしたら、先生方がこれまでに行ってきた「学ばせ方」にも修正が必要かもしれません。
❏ 過去問への接触は早い時期から
単元ごとの学習を効率良く進めて、指導期の後半には問題演習の時間をたっぷりとろうという作戦は昔からよく見かけますが、単元進行を早めることに意識が向きすぎ、理解の深さや解法立案などに求められる思考のトレーニングをほとんど積まないまま演習期を迎えるのは危険です。
それまでの学びとのギャップに大きく躓く生徒が少なくありません。直前期の演習に備えて過去問を使わずに取っておこう、とお考えになるかもしれませんが、そのリスクにも目を向けましょう。
入学の時点から、単元をひとつひとつ学ばせる中でも、生徒が目標としている大学群の実際の出題例に触れさせ、「今、教科書で学んでいることがどういう形で試されるのか」を知らしめることは大切です。
自らの進路希望を実現するには、何をどの深さまで学び、どう組み合わせてそれらを活かし、働かせればよいのかを認識させれば、日々の授業への取り組みにも一層の積極性が期待できそうです。
❏ 生徒自身が計画して進める学習の比率を高める
家庭学習では、自分が設定した目標、自分で立てた計画に沿った勉強を優先させるべく、最終学年を迎えたら、クラス全体に与える課題は徐々にその量を抑えて行くのが好適です。
自分で立てた計画に沿って勉強を進められているかという問いにYESと答えられる生徒を、夏休みを迎えるまでに増やしておくことも、年度前半での指導の大切な目標だと思います。
次から次へと新たな課題が与えられては、こなすだけで精一杯。模試などを機に学びを振り返ってやるべきことを見つけても、それに取り組む時間がなければ、せっかく立てた学習計画も「絵に描いた餅」です。
❏ 目標を共有する生徒によるグループ学習
受験期ともなると、生徒はそれぞれの進路希望の実現に向けて頑張り始めますが、志望校によって取り組むべき課題も違ってきます。
集団指導だけでは、個々のニーズを満たせず、かといって個々人の学びだけに委ねるのでは、相互啓発や教え合い・学び合いといった集団での学習のメリットも活かせず、対話的な学びによる思考の深化や拡張も多くが期待できないというジレンマが生じます。
解決策の一つは、集団指導と個人ワーク、グループ学習を組み合わせた授業デザインにあると思います。
- クラス全体で同じ単元を学び進める中で、全員が同じ問いを起点に単元のコアとなる理解を形成する場
- 志望校群のグループを作り、それぞれに応じた課題を与えて、個人で答案を作り、協働で答え合わせや答案の比較に取り組む場
という2フェイズで授業を構成すれば、前半フェイズでは共通した一つの課題をもとに学び、グループごとに付与する課題で複線的なハードルを設定することになります。
後半フェイズでは、先生のお仕事は教えることから見守ることに主軸を移しますが、「教えなければ指導していることにならない」という考えから思い切って離れてしまいましょう。生徒の学びが深く確かなものになれば、指導者の役割は完遂されたことになるはずです。
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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一