過日、日経BPから「ファクトフルネス~あなたの“常識”は20年前で止まっている !?」という書籍が発刊されました。そのイントロダクションに掲載された13問のクイズを解いてみて、思い込みを乗り越えデータを基に世界を正しく見る習慣の大切さを改めて思い知らされました。
この大切さに気付くのに年齢制限はないでしょうが、自らの進路を考えたり、社会にどう関わるかを探ろうとするときまでに気づけるかどうかは大切だと感じます。各教科の学びに加え、探究活動や課題研究の中に気づきの機会を作ることもカリキュラム設計上の要衝かもしれません。
❏ シンプルなクイズだが、正答率は著しく低い
本書の冒頭(イントロダクション)には13問のクイズが載っています。例えば、第3問はこんな感じです。
Q3 世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は過去20年でどう変わったでしょう?
{①約2倍になった ②あまり変わっていない ③半分になった}
極めて単純な三択問題ですよね。ひっかけの要素もありません。それでも、2017年に14か国で実施した12,000人を対象とするテストでの正解率はわずかに7%だったとのことです。
ちなみに、正解は3.の「半分になった」だそうです。恥ずかしながら、私は間違えました。クイズの詳しい解説はこちらでお読みください。
イントロダクションの13問のクイズのうち、「地球が今後100年間で暖かくなる/変わらない/寒くなる」という1問を除く12問は、いずれも正答率は著しく低く、正答が12問中3問以下の被験者が80%を占めたとのこと。三択問題ですから、全く知らずに「当てずっぽう」で選んだときに期待される正答数は4ですよね。
https://www.gapminder.org/ignorance/gms/より引用
❏ 知らないからではなく、誤解をしているから
実際の正答数が当てずっぽうの期待値に満たないのは、「知らない」からではなく、「みんなが同じ誤解をしている」からだと本書の筆者は分析しています。不正解の二択のうち、よりドラマチックな方を選ぶ傾向もみられたとのことであり、この分析は妥当なものに思えます。
本書の筆者が、SDGsの国際会議で基調講演を行ったときに、先の問題を参加者に答えてもらったところ、正解率は6割だったとのこと。
一般の被験者よりは高い正答率ですが、世界の方向性を論じるような最も問題意識が高いグループの人たちでも、事実を正しく認識していないということになります。
政策を考えたり、社会のムーブメントを起こそうとするときに、間違った事実認識の上に立って物事を進めては、違った的に矢を射ることになります。驚きとともに、何か恐ろしさのようなものを感じました。
❏ 思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る
社会のリーダーとなる若者を育てることを学校の教育目標にするなら、思い込みを乗り越えてデータを基に世界を正しく見る姿勢とその方法を学ばせる必要があるはずです。
リーダーでなくとも、主権者として選挙権を行使するときや、自分や地域が抱える問題に取り組もうとするときも同じでしょう。
学校教育の中で、こうした姿勢と方策の獲得を図るには、あらゆる教科が協力し合って、横断的にその場を作るべきだと思います。
地歴公民、保健、家庭、理科などを学ぶ中で見出した問題を、他教科で得た知識や理解の方策を利用してより深く掘り下げ、数学的な発想をもってモデル化や統計解析を行った上で、英語や国語などの言語をツールとして情報の収集や発信・説得を行う、ということです。
❏ 探究活動や課題研究を通して育むべきもの
問いを立ててデータを探し、仮説を検証するというプロセスは、生徒に結構な負荷をもたらしますので、各教科がそれぞれの年間指導計画の中にこうした場を作るのは現実的ではないはずです。
当然、ここで期待されるのは探究活動や課題研究のプログラムです。
しかしながら、せっかく探究活動や課題研究に取り組ませても、
- 調べ学習や、そこにも到達していない検索&コピペに止まる生徒
- データに基づかない、思いだけの「青年の主張」で終わる生徒
が目につくほど多くいるようなら、そのプログラムは、「思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」の獲得に寄与していないということにならないでしょうか。
前者の生徒が行ったのは、そのテーマを扱ったWEBページを「見つけた」だけであり、「調べる」の辞書的な意味である「わからない事や不確かな事、また罪などを、あれこれと捜したり問いただしたり見比べたりして、考える」という段階にすら到達していません。
以前の記事”探究活動の課題~調べ学習との境界と進路への接点“では、探究活動の手前である調べ学習で終わってはいけないと申し上げましたが、如上の生徒は調べ学習すらできていないということだと思います。
後者の生徒は、間違った的に矢を射る愚を犯すかもしれません。
解決すべき問題を取り違えるリスクを抱えるだけでなく、仮に正しい方向に進もうとしていたとしても、周囲の理解や共感を得て、協力者を増やしていくのに難儀するのではないでしょうか。
本書『ファクトフルネス』の筆者は、その副題で知識を常にアップデートする必要を訴え、ドラマティック過ぎるものの見方から事実に基づくものの見方への転換の必要を語っています。
新年度から探究活動に取り組もうとする生徒が春休みの間に本書を読んでくれたら、とても心強い気がします。探究活動の指導に当たる先生方にとっても、生徒に伝えるべき”探究に臨む姿勢”をどう語るか考えるときのヒントを与えてくれるように思えます。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一