休校が続いたり再開しても分散登校が余儀なくされたりする中、制限の多い教育環境でも生徒の学びを止めないようにと各地の先生方が様々な工夫をなさっています。普段と同じスタイルで授業ができず、止むを得ず代替で投入した方法が期待以上にうまく機能し、「日常が戻った後も応用していきたい」と手応えを得たケースも少なくないようです。
ピンチを迎えて知恵を絞ることで、知の地平は大きく広がるようです。ここで生まれた知見、確立に近づいた新たな教育手法は、きちんと校内で共有し、授業の改善/変革に繋げたいもの。共有したものを活かした実践をいかにして教科/学校全体に浸透させていくかもまた、休校解除後の学校にとって重要な課題のひとつになろうかと思います。
試行錯誤を重ねて得た研究の成果を伝えることの目的は、授業の改善という方向で周囲にムーブメントを起こすことです。感心・賞賛してもらっても、そこに止まっては目的が達成されたことにはなりません。
❏ まずは効果を客観的に示すエビデンスを揃える
新しい手法を試して手応えを感じたら、きちんと効果測定を行い効果を示し得るエビデンスを整える必要があるのは言うまでもないことです。
どんなに優れた指導手法も、実践を紹介しただけでは、これまで自身が最善と思う方法で指導に当たって来られた周囲の先生方の常識を覆して新しい手法に理解と共感を得られるとは限らないからです。
効果測定のデータを収集するには、適切な問題を用意して生徒に答えを作らせ、その採点結果を比較するのが一般的です。
その日の授業や対象となる単元の学びを終えたときに解かせるべき問題を用意することになりますが、知識の獲得量だけではなく、それが生きて働いているかを確かめられる、思考・判断・表現の要素を含む問題である必要があるのは言うまでもありません。
また、効果測定にはデータを比較する対象が必要ですが、生身の生徒を相手に医薬品の治験で用いるようなランダム化比較試験をするわけにも行きませんので、以下のような比較対象を用意することになります。
- 異なる方法で学んだ他のクラスの生徒
同じ学年を複数の先生が分担しているときに利用可能な方法です。指導終了後(=定期考査など)に同じ出題で学力を測定します。
- 過年度生や他校で学ぶ生徒の模試データ
過年度の模試などから対象学力を測り得る問題をピックアップし、学習を終えた現生徒に解かせれば正答率などが比較可能です。
- 学び終える前と学び終えた後の同一生徒
正解が一つに決まらない問題であれば、導入フェイズで作らせた仮の答えと学び終えて作り直した答えの差分を以て学びの成果を測ることができます。データの定量化には、観点別の段階的到達規準を言語化した「採点ルーブリック」を用意する必要があります。
言うまでもありませんが、1. の方法を採るには「より良い授業の実現」という目的を共有してくださる先生が周囲にいることが前提です。一人教科であったり、校内に協力者がいない場合には、校外のネットワークで知り合った他校の先生と協働することも考えなければなりません。
2. の方法なら、模試の成績データや単元課題や定期考査の答案が保存されている必要がありますが、オンラインでの課題提出や成績管理が進む中、データの保存と活用は従来に比べて容易になっていくはずです。ポートフォリオに残されたリフレクションログも測定材料になり得ます。
❏ データを示したら、指導の実態を丁寧に伝える
エビデンスを用いて効果を伝えたら、実際の指導の方法や手順をしっかりと丁寧に伝えるようにしましょう。研究授業に限らず、定期的に開催されているはずの教科会の枠の一部を使えば機会は確保できます。
効果はわかったけどどうやれば良いかピンとこない、というのでは周囲の先生もその方法に倣ってみようと思ってくれません。戸惑いや不安が先行しては「今のままでも問題ないし、やめておくか」です。
大枠としてのプロシージャ(授業進行手順)と各フェイズでの指導内容や注意点を具体的かつシンプルに示したプレゼン資料を作りましょう。作成には一定の手間はかかりますが、教科/学校全体でより良い授業を実現するには避けてはいけない工程とお考え下さい。
新たに開発した方法を紹介するのに、きっちり機会を整えて長々と時間をかけて説明をするのでは、聞く側の忍耐が持たないこともあります。
まずは新手法への認知を高め、周囲の興味を刺激するところを第一段階と割り切ってしまいましょう。深い理解や共感を得るのは次のステップです。プレゼンでは口頭説明は要点を絞って簡潔に済ませ、そこで生まれた興味にはプレゼン資料で応えるというスタンスが好適と思います。
質問や相談があったら、興味を持ってもらえた/もっと知りたいと思ってもらえた証拠です。質問・相談には丁寧に答えるとともに、教室に参観に来てもらったり授業動画を視聴してもらったりする次のアプローチを探りましょう。指導の場に臨んで生徒の様子を実際に見てもらわないと伝わらないことも多いはずです。
言葉やデータだけで伝えられるものには限りがありますが、教室に臨んで生徒の反応や雰囲気も見てもらえれば、言語化しにくい部分の共有も進み、先に言葉で伝えていたことをより良く理解してもらえます。
❏ それでも伝わらなければ目的の再共有から
授業デザインの工夫や指導手法の開発は、生徒に深く確かな学力を身につけさせるという目的のために行うもの、いわば手段です。もし、上位に設けた「目的」が違っていれば、手段の評価も違ってしまい、その手法が持つ可能性に理解と共感を得るのも難しくなります。
もし相手が「知識と理解の着実な獲得と正確な再現こそが学力である」と考えていたとしたら、「知識・理解が生きて働く思考の場を作り、多様な意見を踏まえた正しい判断の方法を学ばせる」ことを目的に開発した指導法を本当のところで理解してもらうのは困難を極めるはずです。
せっかく好適な手法を編み出したのに、伝えた相手が「できない理由/やらない理由」を探してばかりだとしたら、根っこの問題は目的とするところが共有できてないことかもしれません。
目的の共有ができれば、新たな試行にも「なるほど、こうするのはこのためか」と、手段と目的が結びついた理解が得られやすくなります。
高大接続改革や新課程に対応する、新しい学力観に沿った学ばせ方を周囲の先生方と共有したい、協働で開発していきたいと思うなら、まずはPISA以降、パフォーマンスモデルからコンピテンシーモデルに学力観の更新が進んでいることを正しく理解してもらう必要があります。
校内に対して、学力観の変化や入試の変容を根気強く伝えていくことも必要ですが、正面切って正論をぶつけるだけの無戦略なアプローチでは相手はガードを上げて頑なになるリスクが膨らみます。
授業改善に取り組む当事者たるすべての先生方に、自ら「問われる学力が変わってきていること」に気づいてもらう仕掛けが必要です。多忙な校務の中で出題研究の機会が十分に取れなかった先生方もいるはずですが、休校で在宅勤務を強いられる今はまさにチャンスかもしれません。
新テストの試行問題や生徒の多くが目標とする大学の過去問を対象に、学校を挙げて出題研究に取り組んできた学校では、如上の「目的とするところ(=学力観)の不一致」という問題はほとんど見られません。
蛇足ながら、出題研究の成果を在校生向けの進路通信に掲載し、学校説明会で配布する広報資料にも転用することで、出題研究というタスクに成果のアウトプット機会を設けたところ、自己目的化しない意欲的な取り組みが各教科で見られるようになったとのお話も伺っております。