だいぶ古いお話で恐縮ですが、平成28年に文部科学大臣名で発信されたメッセージ「教育の強靭化に向けて」では、学ぶことがら(知識や技能)は減らさず、思考力・判断力・表現力をこれまで以上に鍛えるという方針が示されました。
当時、「ただでさえ不足気味の授業時間の中で、教えるべきことをきちんと教えた上で、思考力・判断力・表現力を鍛える指導まではとても手が回らない」というご感想や戸惑いが多く聞かれたのを覚えています。
十分な知識を与えて体系化を図るのには相応の時間がかかり、その先に思考・判断・表現の要素を含む活動を授業内に配置する時間までとても捻出できないというのが、少なからぬ反応だったように思います。
しかしながら、「カリキュラムは{学習内容×能力資質}で設計する」でも申し上げた通り、各教科の学習内容(コンテンツ)を学ばせることを手段に、21世紀が求める能力・資質を獲得させていくことが求められる新課程において「時間がない」からといって従来の教え方/学ばせ方を続けては、不利益を受けるのは生徒にほかなりません。
実際のところ、思考力などを発動させる(=生きて働くものとして知識を活用する)場をきちんと作ることができている授業と、そこに至っていない授業とで生徒の学びにどのような違いが生じているか、データを使って改めて調べてみました。
2016/07/12 公開の記事をアップデートしました。
❏ わかりやすく、理解を着実に重ねた授業でも…
下図は、これまで蓄積した授業評価アンケートのデータをもとに作成したものです。国社数理英の各教科で回答者数(≒生徒数)が20名以上の授業(n=12,750)から【指示と説明】【理解確認】の2項目での換算得点の相乗平均が85ポイント以上の授業を抽出して再集計しました。
換算得点85ポイントというのは、「どちらかと言えば」の但し書きがつかない積極的な肯定が回答の9割以上を占める水準ですので、わかりやすい説明としっかりした確認で「知識の獲得」は十分に図れている授業であると言えるはず。如上の母標本のうち上位28%にあたります。
見ての通りですが、知識の獲得が十分と思われる授業の中でも、知識の活用機会(=習ったことを用いた課題解決体験)がどれだけ整えられているかで、【学習効果】「授業を受けて、学力や技能の向上、自分の進歩を実感できる」の換算得点にはかなり大きな違いが生じています。
この違いを生んでいる要因には、様々なものが考えられますが、
1. 学び終えて解を導くべき課題を示すことで学習目標が明確になる
⇒ 学習目標は解くべき課題で示す
2. 対話的な学びを展開するにも、協働で解決すべき課題が不可欠
⇒ 活動性と学びの成果を繋ぐ鍵~課題を通じた目標理解
3. ひと通り学んでから課題に立ち戻ることで学びが一層深まる
⇒ 答えを仕上げる中で学びは深まる
4. 理解と思考の言語化(=答案の作成)が学んだことの定着を促す
⇒ 5分間アウトプットの費用対効果
5. 知恵を使って課題解決に挑む中で学習方策の獲得が進む
⇒ 学習方策は課題解決を通して身につく
6. 適切な振り返りには、取り組むべき課題と自分が作った答えが必要
⇒ 振り返りを経てこそ次への課題形成
7. 周りの生徒が作った答えに触れることでさらに気づきを重ねられる
⇒ 生徒の答案をシェアして作る学び(相互啓発)
といったところは、活用機会の整備が生徒の学びに好ましい影響を及ぼすメカニズムとして確実に働いているはずです。
❏ 活用機会は、目標理解や対話などの活動性にも影響
獲得した知識を活用する機会をどれだけ用意しているかどうかで、学習目標の理解や、学びにおける対話の活性化の度合いに大きな違いを生じさせるとの仮説は、前出の同じデータを使って検証できています。
授業時間の不足は、どの教科・科目の授業でも深刻な問題であろうと拝察いたしますが、如上のデータは「獲得した知識を生きて働くものとして活用させる機会」の確保が、学びの成果を高める上で、不可欠なものであることを示しています。
課題解決を伴わずに、知識獲得に授業時間を優先的に配分していては、好ましい結果(=深く確かな学び)は得られないということです。
別稿「教室でしかできない学びを充実~問いを軸に授業を設計」でご提案した方法も含めて、何とかその時間を作り出すことに知恵を絞っていきたいところです。
後半(解決策考察編)に続く。
教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一