作業や練習の目的の明示、到達目標の設定

ひとつひとつの作業や練習に取り組ませる際、その目的や目指すべき到達状態を明示し、しっかりと把握させておくことは、目的意識を持った主体的で積極的な授業参加を促すための大前提です。
モチベーションの原資である「達成感」をより強固なものにするにも、パフォーマンスの向上を図るのに何をどうすべきかを考えさせる「振り返り」を的確に行わせるためにも欠かせません。
得意な生徒と苦手な生徒の間でパフォーマンス差が大きくなりがちな実技・実習系の授業では、生徒一人ひとりに「自分に合った(=昨日の自分を一歩超えたところにある)目標」を設定させることも重要です。

2015/05/29 公開の記事を再アップデートしました。

❏ 達成可能性と検証可能性が目標の要件

目標が、目標として成立するには、「達成可能性」と「検証可能性」という2つの要件を満たす必要があります。
手が届かないような目標を示されても、生徒はそれを目指すべきものと認識してくれません。憧れすら抱かず、「他人事」で終わりそうです。
繰り返しになりますが、パフォーマンスに個人差が大きくなりがちな、実技実習系の授業では、到達目標を段階的に設ける必要があります。
また、達成したことを自己点検で確かめられなければ、次に向けたモチベーションの原資である達成感を得ることもなく、また達成できなかったときにも足りないもの(=補うべきもの)が何なのか気づけません。
観点別に到達状態をセンテンスの形で段階的に記述した規準(ルーブリック)を用意することで、生徒一人ひとりがどの目標まで到達しているかを確認できる状態を整えておくのも、指導者の仕事です。

❏ 目標を捉えてこそ生まれる、創意工夫や達成感

目標との距離を知ることで、次に何をすべきかを考えられるようになれば、主体的な取り組みや練習・作業への工夫も生まれます。
目指すところを意識できないまま、指示されたことをこなしているだけでは、学びの成果も大したものは期待できないのではないでしょうか。
目標をはっきり認識しておくことは、自らの努力と工夫で達成したことを確認するにも不可欠です。
達成した喜びは快体験として繰り返したいものであり、この気持ちが、次の授業での取り組みに意欲をもたらします。
ゲームに勝つ、優れた作品を仕上げるというトータルでのパフォーマンスだけでは、学習の前に作られていた得意な生徒と苦手な生徒の違いは中々埋まらないものです。
より良いパフォーマンスを実現するための構成要素の一つひとつを切り出した上で、個々の達成をチェックできるようにしておけば、部分的な達成でもそれを進歩として捉えることができます。
他者との相対的な競争に勝つことだけではなく、「昨日の自分を超えること」にも目標を置かせることで、いかなる場面でも進歩を実感できるようにさせれば、達成観の供給が止まることはないはずです。

❏ 比較を通じて、目標状態を構成要素で認識させる

優れたものと、何かが足りないものを比べてみると、補うべきものがはっきりと捉えられることがあります。
先生方は、専門家であり、生徒の作品やパフォーマンスを評価するときに、意識的にあるいは無意識に「良さの規準」を尺度に用いています。
この尺度を自分でも持てるようになった生徒は、「昨日までの自分に足りなかったもの」「今日の授業で達成を目指すもの」が何か、より明確にイメージすることができるようになります。
生徒、特に苦手意識が前面に出てしまっている生徒にとって、良いものを見ても、理由を挙げてその良さを説明するのは容易ではありません。
良いものと悪いものを比較する機会を意図的・計画的に作り、違いを見つけて言葉で表現させる練習を積ませることで、「良さを捉える力」を養い、「目標を設定する力」の土台を作るのも指導者の役割です。
先生がご自身の頭の中にある尺度を言葉で伝えるだけではなく、比較の中で生徒自身が見つけられる場を設けることが肝要です。

❏ 生徒一人ひとりのスタートが違うことを念頭に

生徒の個人差が大きくなった段階では、目指すべき到達状態は、生徒一人ひとりに相応のものを設けるべきであるのは前述の通りです。
前回の授業で既にできていた生徒に同じ課題を与えても仕方ありませんし、できていなかった生徒にさらに難度をあげた課題を与えるのは無理というものです。
段階的な到達目標を示しておき、前回はどこまで到達していたかを確認させたのちに、今日は何ステップ進むことを目標にするかを生徒自身に考えさせたり、申告させたりしてみては如何でしょうか。
授業ごとに、終了時点でその日の取り組みや結果を振り返らせて、次の授業での目標設定を個人やグループで行わせることも重要です。
次回の目標をリフレクションシートに記入させたり、ポートフォリオにログとして残させたりしておけば、それらに目を通すことで、生徒一人ひとりが設定した次への目標を知ることができます。
それに照らして、生徒一人ひとりの行動を観察していれば、進歩を捉えて褒めてあげるにも、自ら殻を破ろうとしている生徒に適切な助言を与えるにも、機を逃さずにすむようになりそうです。

❏ 経験の不足が到達状態のイメージを妨げる場合

ある程度の経験がある領域では、先生が言葉で示した目標を、自分の経験と照らして理解できますが、経験が極端に乏しい/全くないときは、話を聞いてもイメージは湧きません。
たとえ模範となるものを先に見せても、ピンとこないものです。
そんなとき、少しやらせてみて、経験値を増やしてから改めて目標提示に立ち返るのが有効な場合があります。
まだ何も経験していない段階では、先生の説明を聞いてピンとこなくても、一定量の作業や練習を経験した後なら、個々の手順の背景にある理由にも思いを巡らせることが容易になります。
前述のルーブリックによる評価基準にしても、練習前と練習後とでは読んで理解できることの深さは大きく違ってきます。

❏ ルールを考え、主体性・協働性・多様性を学ぶ場に

学力の三要素のうち、主体性・協働性・多様性を学ばせるにも、実技・実習系の授業は好適な機会となります。
グループで練習や作業に当たるときの振る舞い方、引き受けた役割を通じたチームへの貢献といった事柄も、生徒に示す目標の中に組み入れ、評価規準として示しておくべきと考えます。
進め方や分担を話し合って決めるときや、実際の作業・練習が始まってからの行動についても、あらかじめ規準を設定して、自己・相互評価をさせていきましょう。
単に注意点として先生が示して生徒に守らせるだけでなく、背後にある理由を生徒自身に考えさせたり、ルールやマナーを話し合いの中で作らせることにも大きな意味があります。
目指すべき成果としての結果目標に加えて、取り組み方や授業への参加に関する「行動目標」を生徒自身が設定できるようになれば、授業内でのふるまい方や周囲への配慮といったものにも意識が向くようになり、協働で課題解決に当たる場面で必要な資質の獲得も進むはずです。

◆ 改善のための必須タスク:

作業や練習の目的をはっきりと示しておくことは、個々の指示や説明をその意図とともに生徒がより良く理解するのに不可欠です。目指すべき到達状態をその構成要素に分解し、段階的に並べて示すと生徒は目標をより具体的にイメージできます。状況に応じた個の目標設定も容易になり、達成を目指した取り組みを促せます。

◆ さらなる改善を目指して:

目標を示したつもりでも作業や練習を通して生徒が正しく意識しているとは限りません。目標到達への工程をステップに分け、到達状態を段階的に示しておき、折々の自己/相互点検を通じて次に目指すものに気づけるよう導きましょう。取り組み方などの行動目標も明確にしたいところ。生徒自身が目標を立てる機会も必要です。

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教育実践研究オフィスF 代表 鍋島史一

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